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効率的な人間関係はない

皆さんこんにちは、Akitoです。

今日は、”人間関係を効率的に行おうとしても上手くいかないよ” という話をしたいと思います。

皆さんにはこんな経験はないでしょうか。

自分の子供がいきなり泣き出したが、自分にはやらなければならないことがあるためとりあえず「静かにしなさい」と言っておいた。あの先生とても怖いから、とりあえず何を言われても返事だけしておいた。接待の仕事がとてもめんどくさいから何となく無難に対応しておいた。

こんな経験です。これらは全て、その場をしのぐために効率的に人と向き合おうとしています。

しかし、もしかしたら、その子供はとても大切なことを訴えようとして泣いていたのかもしれません。先生がいつも厳しくしていたのは生徒のことを思ってのことだったのかもしれません。接待するお客さんは実はとてもすごい人で本当は接待相手のあなたに何かいい仕事を頼みたいと思っていたのかもしれません。

効率的というのは無駄な時間を省くということです。ただ人間関係において本来必要でない無駄なことを積み重ねること。それが気づかいです。相手の気持ちを想像する。どうしたら相手がいい気持ちになってくれるかを考える。それらはもっとも効率的からかけ離れた行為です。

しかし、いい人間関係にはそれらは不可欠です。効率的に話したいからと、自分の要件を一方的に話しているようでは相手には何も伝わりません。こちらのことを知って欲しいなら、同じぐらい相手のことを知ろうとしなければならないのです。

この時大切なことは、効率的な人間関係ではなく効果的な人間関係です。

一人ひとりにあった効果的な人間関係を模索しなければなりません。この人はこんな性格でこういうことを大切にしている人だからそこを認めてあげよう。この人はこんなことに興味を持っているからその話題からはじめてみよう。そういう姿勢は必ず相手に伝わります。

5人の子供に同じように接することがいいのではないのです。5人いるなら5人それぞれの向き合いかたをしてはじめて子供たちをよく理解しているということになるのです。

相手に合わせる事、それは簡単なことではありません。人は皆、自分の考えを優先してしまうからです。自分の都合のいいように勝手に相手を解釈してしまうからです。相手のありのままを理解する、それがどれほど非効率的で無駄の多い行為かわかると思います。

しかし、時に人はやるべき仕事よりも時間を割いて人と向き合わなければならないときがあります。たとえ少しスケジュールを変更することになってもです。それは未来の自分に対する投資です。人を助けてくれるのはいつも人です。人が幸せを感じるのも不幸を感じるのも理由はいつも人間関係です。

自分に対して誠心誠意向き合ってくれている人ととりあえず相手をしている人、その違いはきっと一目瞭然だと思います。

社交辞令のような挨拶。テンプレートのような会話運び。その場は無難にはやり過ごせるかもしれませんが、何も面白くもない空間がそこにはあるでしょう。これなら時間を無駄にしたと思われても仕方ありません。

一方で、相手のことを考えられたその人にあった質問。どんどんあふれて出てくる話題に、会話を盛り上げる相槌。相手は気が付けば自分のことをいっぱい話してしまって時間も過ぎている。

前者に比べて後者は、非効率的なことをたくさんしているのかもしれません。しかし、それ故に相手に退屈させず、むしろまた話したいと思わせられているのではないのでしょうか。

これらは表面的なテクニックなどではありません。非効率的な人との向き合い方が効率的にできるようになるわけがありません。これには人格形成が不可欠なのです。

人間関係が自分に及ぼす影響を正しく理解し、心の底から大切に思っていなければならないのです。心から相手を尊重し、心から相手のことを理解しようとする。そして相手の大切にしているものを自分も同じぐらい大切にする。これらが最も重要なのです。

あなたが本当に人を大切にしたいと思っているのなら、しっかり人格から形成していかなければなりません。長い時間をかけて成熟させなければなりません。

しかし、きっとできるはずです。焦らず取り組んでみてください。そこにかけた時間は決して無駄にはなりません。むしろ大きな財産となるでしょう。

ということで、今日は”効率的な人間関係なんてないよ”という話をしてきました。決まった会話術も誰にでも当てはまるテクニックもさして意味はないのです。どれだけあなたが真剣に向き合えるか、ただそれだけです。

「非効率的な心遣いが効率的な時間を生む」by Akito

では、また!