物語を書きたい(書く)人。日本酒、ワイン好き。飲みすぎるので少し控え中。でも飲んじゃう…

物語を書きたい(書く)人。日本酒、ワイン好き。飲みすぎるので少し控え中。でも飲んじゃう。 https://kakuyomu.jp/users/akatsuki327/works

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【短編】あけすけな先輩女子に誘われる

 金曜夜の飲み屋は騒がしい。  広くない店内に明るい音が充満していた。  日本酒の揃えにこだわりがあるこの和食居酒屋は、料理もお酒も美味しいとあって週末は予約なしでは入れない人気店だった。  ほぼ満席の店内で俺が座るカウンター席の正面には、本日おすすめの日本酒が記された短冊がずらりとぶら下がっている。カウンター内では店主と従業員が忙しそうに働いているが、注文のために呼ぶといつでも笑顔で応対してくれるのが心地よかった。  連れてきてもらった店だが、あの人が選ぶお店はいつもは

    • 【短編】相良くんと石川さん

      「相良くん、赤羽さんと付き合ってるの?」  放課後。清掃当番を割り当てられた家庭科室での掃除中、相方である石川さんがそんなことを聞いてきた。  びっくりしたぼくはほうきを動かす手を止めて石川さんの顔を凝視してしまう。  泣いたり怒ったりしてても笑顔に見えるほどいつも口角が上がっている石川さんは、人当たりの良さからクラスの人気者だ。小動物的なかわいさのある彼女が浮かべる柔和な笑みは相手の心を開かせる。  そんな石川さんがいつものようにニコニコしながらこっちを見ているので、「付き

      • 【短編】相良くんと赤羽さん

        「相良くん、キスをしたことはある?」  赤羽さんが突然そんなことをいった。  夕方。赤く染まる放課後の理科室。ぼくと彼女ふたりだけの科学部の活動。  そういう話をするには絶好のシチュエーションだと思う。  けれどこうした状況になるのはなにも今日がはじめてというわけではない。 「どうしたの急に」 「いいから答えなさい。あるのかないのか。質問はすでに拷問へと変わっているのよ」  赤羽さんが作りかけのカルメ焼きが乗ったおたまをぼくに向かって突き出してくる。後ずさりしてかわさなかった

        • 【短編】三十代男性が出産する話

           三十代も後半に差し掛かったころ、急激に腹が出てきた。年をとったせいかずいぶん太りやすくなったなあなどと悠長に構えていたらあっという間に風船のように膨らんできたので、これはおかしいと慌てて病院に駆け込んだ。 「信じられないかもしれませんが、ご懐妊です」 「ゴカイニン?」 「妊娠してます」 「はあ」  言われたことのあり得なさに気づいたのは帰路についた後だった。  妊娠? まさか。どうして。相手もいないのに。  そもそも俺は男だぞ。  俺が混乱から覚めるよりも、腹の子供が

        【短編】あけすけな先輩女子に誘われる

          【短編】猫を見るたび僕は初恋を思い出す

           小学生のころの僕の友人は、神社に住み着いた野良猫だった。  彼を知っているのは僕だけだったはずが、いつのまにかクラスでも話題になっていて、僕以外のクラスメイトもよく神社を訪れるようになってしまった。  彼は人懐こくて大人しかったけれど、かまわれすぎることを嫌う。クラスメイトたちは「かわいい」「かわいい」と我先に撫でようとするのだが、そうすると彼はぷいとどこかへいなくなってしまう。みんなが帰り、あたりが静かになったころ、彼はひょっこり戻ってくる。  だから僕が彼を訪ねる時は一

          【短編】猫を見るたび僕は初恋を思い出す

          【短編】悲しくなくても人は泣く

           四月。大学を卒業し晴れて新社会人となった俺は、ゴールデンウィーク突入と同時にうつ病を発症して休職し、その一か月後、親父が急死したと母から連絡があった。  うつ病になってからわかったことだが、人は気力が枯渇すると身体が重たくなる。スマホを持ち上げることすら億劫で、ベッドに寝転がったまま画面を操作することでなんとか片道分の航空券を購入した。  眠ると起きられない予感があったのでそのまま朝まで動画配信サイトの焚き火動画を観て過ごした。不幸中の幸いと言おうか、不眠症状があったため徹

          【短編】悲しくなくても人は泣く

          【短編】いつもの関係

          「ずいぶん腫れてるね。痛いでしょ雅(みやび)ちゃん」  ミヤさんは私の腫れ上がった手首に湿布を貼りながら、優しい声で言った。 「思いきりグーで殴ってやったから」  そう口にしながら私は、少し誇らしい気分になった自分に気づいた。なるほど、しょうもない暴力を振るったことを武勇伝みたいに偉そうに語るおっさんたちはこういう気分なのかもしれない。 「自慢するようなことじゃないでしょ」  ミヤさんは少したしなめるような口調で小さく笑う。 「だってあいつ、顔殴ったんだもの。やり返しただけだ

          【短編】いつもの関係

          【短編】追悼、初めての恋人

           昔の恋人を久しぶりに見かけたのは、テレビモニター越し、夕方のニュース番組の報道だった。  聞き覚えのある名前が聞こえてきた気がしてふと目をやったテレビには、確かに彼女の名前と顔写真が表示されていた。  殺人事件の被害者として。  初めて出会ったのは大学一年生の頃、加入した映画サークルの先輩に当時三年生の彼女がいた。  映画サークルといっても自主映画撮影をするわけではなく、誰かの家に集まってだらだらと映画を観たり観なかったりするだけの、平均よりは映画が好きというだけの連中の

          【短編】追悼、初めての恋人