TRPGと不安階層 ~ "地雷"や拒絶反応はいかにして発生するか
※このnoteはTRPGと心理学を絡めて考察していますが、あくまで個人的な趣味に基づく見解です。医学/心理学についての正しい見解は医師や専門家の意見を参照してください。
いつもと同じはずなのに不安が発生してしまう!
さて、いきなり例え話から始まりましたが、皆さんにもこのような体験はありませんか?
・本番に備えて練習したのに、実際に行うとうまくできなかった。
・今までの失敗を思い出してうまく実力が出せない。
・過剰に心配ばかりが大きくなり、やろうとすることを考えるだけで気分が悪くなる。
これらは多くの人にどんな場面でも発生しうる、ストレスやトラウマを避けるための防衛反応です。そしてこれらが発生する場面は、当然「遊び」であるはずのTRPGも含まれます。
以下の例を見てみましょう。
さて、この例ではCさんが、過去の恐ろしい「トラウマ」によるフラッシュバック(再体験症状)により、パニックになってしまっていると思われます。
今回の例はかなり強い拒絶反応が発生してしまったようですが、それより軽い範囲でも、プレイヤーが嫌になってしまう「地雷」と呼ばれるような描写は時折発生してしまうことがあります。
しかし、これまでの遊びの中で発生しなかったフラッシュバックが、何故今回発生してしまったのでしょうか?
そしてCさんにとって「窓から飛び降りる」は"地雷表現"だったのでしょうか?
不安にも「階層」がある - 「不安階層表」による自己分析
はじめのAくんの例に戻りましょう。
Aくんは何度も練習していたところから見る限り、スピーチに対する不安はいくらかあったようです。
しかし1人で読み上げる時や、友達の前でスピーチを行う時は自信に満ち溢れ、全く問題なくスピーチが行えていました。
つまりAくんにとってスピーチ自体は「行うだけで嫌なもの」ではなかったようです。
Aくんは、何としてでもスピーチを成功させたいため、「不安階層表」を作って自己分析をしてみることにしました。
「不安階層表」は、心理療法における「系統的脱感作法」や「曝露療法」といった治療法でよく使われる手法のひとつです。
まず不安や解消したい問題を「100」、平穏で何もない状態を「0」としたうえで、その間の10~90の段階にどのような不安があるか熟考し、表を埋めていきます。
Aくんが不安階層表を作成すると、次のようなものが出来上がりました。
Aくんは当初、自分は知らない人の前でスピーチをすることが苦手なのだと考えていましたが、表を埋めているうちに授業参観などで発表を行うことは(緊張しながらも)できることに気づきます。
そこで、場所や状況に緊張する要因があるのではないかと考え、「カメラ」や「体育館」について考えたところ、授業参観より緊張することに気づきました。
そうして分析していった結果、彼は「人の顔が見えづらい(または見えない)状態で、不特定多数の人に向けてスピーチするのが苦手」だと気づいたのです。
このように、不安は単一の原因だけでなく、複数の条件が折り重なることで生じることがあるのです。
TRPGセッションでの「不安」の例 -「窓」は本当に地雷だったのか?
では、話をTRPGに戻しましょう。
TRPGは想像力を働かせるゲームですが、仮想世界上の物語であっても、このような不安が生じてしまうことがあります。
BさんとCさんはセッション後しばらくしてから、過去のトラウマについて共有した上で、同じようなことが起こらないよう相談してみることにしました。
B「ええと、窓から飛び降りるRPをするのが100怖いってことでいいんだよね?」
C「うーん……前にカーチェイスのロールプレイをやったときは車から飛び降りたよね。その時はドキドキはしたけど楽しかったんだ。何が違ったんだろ?」
B「じゃあ先に、点数の低い方から決めちゃうね。ドキドキしたってことは、ちょっとは緊張もしたのかな?」
C「そうかも。でもその緊張感が楽しかったから…不安は30くらいかな?」
B「30ね。その時の描写は……あなたの車から火が立ち昇る。動かなくなるまで時間の問題だろう。そのとき、相棒の車が唸るように近づき、あなたの車に横付ける!『こっちだ、飛び乗って!』」
C「かっこいい!相棒最高!きっと受け止めてくれる、って信じて、思い切って判定ロールしたなー」
B「あっ、もしかして助けてくれるって分かってたから怖くなかったのかな?」
C「うーん、そう、かも?それとこのシーンは、二人のかっこいいシーンだ!って分かりやすかったなぁ」
B「どんなシーンか分かる、っていうのも不安じゃない理由になったのかもね?
じゃあ窓から飛び降りるシーンの方もゆっくり振り返るけど……嫌だったら途中で止めるね。
あなたは窓際に追い詰められてしまった。下を覗けば、遥か下にはコンクリートの地面が広がっていて……」
C「ああー、ちょっと待って、やっぱりそれは嫌かも。耐えられないほどじゃないけど……カーチェイスの時、乗ってる車の描写と相棒の車の描写しか無かったから……」
B「なるほどー、地面を想像するのが駄目なんだ?」
C「それもそうだけど、地面覗きたくないなぁ、って思ってるのに、地面を覗く描写が始まっちゃってるところもかなぁ」
B「そっか、この時点で選択肢狭めちゃってたのかも。それじゃあゆっくり続きいくね。
あなたの前には、怪物が迫っている。あの鋭い爪で攻撃されれば、どうなるかはわからない。後ろには窓がある。手を滑らせればひとたまりもない。さあ、あなたは怪物と戦うか、それとも窓の外に飛び降りるか、決断しなければならない!」
C「うーん、そう、それ。前に聞いた時ほどは抵抗感無いけど……窓から飛び降りるのが正解なんだよね?でも、怪物に1回攻撃されるくらいなら、私だったら正面突破しちゃうかも。
落ちたらもっと大きい怪我しそうなのに、飛び降りる選択を期待されていそうなのって嫌だなぁって」
B「そっか、私は飛び降りたら下に木のクッションがあることを知ってたけど、Cは分からないから危ないことはできないんだ?」
C「これが飛び降りじゃなきゃ、やる!ただ、骨折痛いし、どのみち怪我するのに嫌な方を選ばなくても、って思っちゃった!ごめん!」
B「こっちこそごめん!じゃあ例えば、『下を覗いた時、クッションになりそうな木が見えた。あそこに飛び乗れれば、怪我をせずに怪物から逃げられるかもしれない』みたいに描写したら?」
C「それならいける…かも?そうだ、前のカーチェイスのとき、すぐに判定を挟んだよね?技能判定が入ると、あっここは用意されてるルートだ!間違いない!って分かって怖くなくなるかも?」
B「なるほどー!じゃあ、結果がわからないのに飛び降りRPを強要されたように感じたのが怖かったんだ?じゃあここまでをまとめてみよっか」
C「……あっ!気づいたんだけど、これ、相棒いるかどうかも大きい!」
B「それって相棒への推しの力…!?」
C「それはあるかも……!って、それだけじゃなくて。何というか今回、Bが目の前にいるのに助けてもらえない、って感じが強かったんだよね。
助けてもらえない、っていうか…焦ってこっちのこと見てるBのことが想像できちゃって……
間違えて飛び降りて、怪我した上で、Bがショックを受けたらどうしよう、みたいな……」
B「そっか、怪我だけじゃなくて、落ちたときに友達を傷つけちゃったのが怖かったんだね……」
C「それかも!飛び降りて怖いのもあるけど、それで友達と疎遠になる方がもっと怖い!」
C「Bは仲良いからこそ、怖くなっちゃったのかも。それだけ大事な友達だからねー。逆に知らない人とのほうがさらっと流せたかも」
B「大事な友達だなんて、嬉しいこと言ってくれるなぁ……!オッケー、今度からPCに期待してることは分かりやすく伝えるね。これからも楽しくセッションやろ!」
TRPGでよく発生する「不安」の例
さて、このように分析していくことで原因に行き着くことができることもあるのですが、我々は専門家ではありません。
先程の例ほどまで丁寧に苦手要素を紐解いていくことができるケースは稀です。
大きなトラウマであればセッションでのすり合わせよりも、専門家によるカウンセリングを行うべきでしょう。
しかし不安を段階に分けて分析することで、自分がどのような箇所に不安を感じるか、どのようにすれば回避できるかが分かりやすくなる場合があります。
以下はTRPGで発生しうる「不安」を分析するにあたりヒントになるものです。
いつ …… 時間帯や自身の疲労度など。
どこで …… オンラインセッションやテキストセッション、オフラインセッションなど、場所に関係するか。また、シナリオの舞台自体に発生するか。
誰 …… それが発生する際、特定の対象がいるか。あるいは、1人で実行するときのみか。
何をする …… 特定の行動に紐づくものか。ゲームの進め方に関連するか。
また、強い不安によるパニックが発生したときの症状も把握しておきましょう。これらが複数発生し思考がうまく働かないようであれば、ただちにセッションを中断し休息を行うべきでしょう。
没入感が高いセッションが「主観的な不安」を誘発する
さて、ここまで読んだ方の中では、「キャラクターと自身を切り分けられていないことが原因ではないか」と思う方がいらっしゃるかもしれません。
確かに「ゲーム的」なプレイングであれば、これらのトラウマを直接感じられるほど「心と状況の距離が近い」状況を避けやすいでしょう。
しかし近年は、プレイヤーとキャラクターの視点が近い「没入感」が重視されたシナリオや描写が流行しています。
例えば、かつてのオンラインセッションでよく使われた「どどんとふ」では、正方形のマスが並んだマップ状の画面がデフォルト表示されていました。これらはプレイヤーが「三人称視点」で参加することを前提としたものです。
一方、現在主流の「ココフォリア」では、画面が「前景」「背景」に分かれており、現在いるシーンを前景に「一人称視点」で表示するような使われ方をされていることが多いようです。
このように没入感が高い一人称視点でのプレイングを行うことで、これまで発生しにくかった思わぬ不安症状が発生するようになった可能性もあると思われます。
新しく発生した流行には、まだ対策方法が確立していないものも多いでしょう。
セッションでは良く話し合って解決方法を探っていけるといいですね。
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