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お宝さがし(後編)

というわけで、私は地元の博物館に連絡した。こう書くと全てがスムーズに進んでいるように聞こえるだろうが、イトコと調査した日からなんと2年の歳月が経っていた。まあ、私が行動を起こすのが遅いのも、原稿を書くのが遅いのもいつものことです。

意外と優しかった地元美術館の対応

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その夏、ウエブサイトを見ていて、郷土の古写真などを集める呼びかけをしている美術館があったので、そういうところならば話を聞いてくれるかと思い、メールを送った。
エクセルの表をきれいに整え、写真と対応できるようにしてまとめた。
写真は、作品全体が写ったものと、署名部分のアップを揃えた。

私が連絡したのは松山の中心街にある「坂の上の雲ミュージアム」だった。きっと美術館は、こんな素人からの問い合わせになどいちいち対応してられないくらい忙しいに違いない。
だから丁寧にメッセージを書いて、祈るように送信ボタンを押した。

すると数日後、ちゃんと「坂の上の雲ミュージアム」から返信があった。
ドキドキしてメッセージを読むと、私が送った書画はこのミュージアムの専門外だということで、その代わりとして「愛媛県立美術館」の学芸員さんを紹介しますが、と言ってくださった。もちろん喜んでお願いする。

こうして県立美術館の担当学芸員の方にも連絡がつき、どうやら私に会ってくださることになった。お仕事で忙しいだろうに優しいなあ。ありがとうございます!

「もしかして、こういう関係のお仕事されてます?」の言葉に舞い上がった

豪雨の中、頑張って松山城の堀の内側に建つ美術館へと向かった。受付のお姉さんに訪問の理由を告げると、彼女に呼び出された担当のN氏が登場した。とても落ち着いた温和そうな方だ。彼について美術館の事務所へと向かう。美術館の舞台裏を見れるようで嬉しい。

他の学芸員の方々が勤務して居られるオフィスの一角のテーブルを挟み、向かい合った私たちは改めて挨拶を交わしたところで、早速N氏が用件に入った。
「あの、もしかしてこういう関係のお仕事されています?」
彼はいきなり私にそう尋ねた。
「いやぁ、写真の撮り方や資料のまとめ方が、通常我々がする方法と同じだったもので・・・」
続けて彼はそう言った。
いえいえ素人です、と言いながら私の心はひゃーっと舞い上がった。
やだもう、嬉しくなっちゃう。

肝心のポイント。作品たちの真贋や価値は・・・

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N氏は一つ一つの作品について実に丁寧に説明してくださった。実に沢山のことを説明してくださったけれど、いくつかの作品については以下のようなことを教えて頂いた。

・おそらく前田伍健、柳原極堂の作品は本物
・大徳寺の僧・江月宗玩(こうげつそうがん)/欠伸子の作品と思っていたものは判別つかず
・鶏の画に句がついたものは村上壺天子と呼ばれる今治出身の俳人・教育者のもの

面白いのは、鶏の画を村上壺天子と断言したその理由だ。
「彼は名士ではありましたが、作品が美術的にすごく価値があるものではないので、誰かが彼の名前を語って贋作を作る意味がない」
からだそうだ。
なるほど。納得。
他にも何人かローカル文化人の名前も出てきたが、いずれも作品も美術的な価値はなく、例えば美術館で展示したいとか、美術愛好家に販売できるほどのものでもないらしい。
N氏は正直ながらも恐縮しておっしゃっていたが、私も話を聞きながら「やっぱね」と思っていた。
ところが、一つだけ彼がちょっと力を込めて話してくださった作品がある。

まさか、浦上玉堂の子・浦上秋琴の作品?

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N氏は14番の作品について少し気になる、とおっしゃった。14番は上の写真の作品で、雀の画である。私の目にも秋琴と右下に署名しているのが読める。

N氏は「私はこういう絵の専門ではないのですが」と言いながら、村上秋琴の話をしてくれた。
江戸時代の文人画家・浦上玉堂は、作品が国宝になっているほどの人物である。その子に春琴と秋琴の2人がいたのだ。
もともと玉堂は岡山藩士であったが、脱藩して画家として生きた。
春琴は多くの作品を残しており、近畿地方で人気の画家となった。
秋琴も画家ではあったが、会津藩士として勤めながらであり、作品数が少ない。
もしかしたら、秋琴の習作のようなものかもしれない、というのがN氏の話だった。なんせ秋琴は作品数が少ないので、署名や画の特徴で判断しにくく、N氏も専門家ではないので自信がないということだった。
N氏が浦上秋琴の可能性を思いついたのは、「秋琴」と署名してあったことに尽きるようだ。別の秋琴かもしれない。
結局、N氏も可能性の話しかできず、秋琴の専門家に聞かなければ真贋を知ることはできそうもない。

心は晴れ晴れ。

結局、家宝になるほどの作品、もしくは美術館が「ぜひ寄付してください」とすがりついてくれるような作品は皆無だった。

N氏は、
「ご自分で気に入った作品を床の間に飾ったりすれば作品も喜びますよ。画や字は金銭的価値だけのものではありませんから」
とおっしゃった。確かにそうだ。
N氏からのアドバイスでは、飾りきれない作品はもともと入っていた木製の衣装箱にそのまま入れておくのがいいとのこと。
木は呼吸するので、湿気や乾燥に自然に対応してくれるから作品の保存に適しているそうだ。
モノがあふれかえっている私の実家で、一体どこに掛け軸を飾ればいいのか困ってしまうが、チャンスがあれば好きな作品を飾ってもいいかな、という気になった。

私はN氏に丁寧にお礼を言って、美術館を去った。
結局「お宝だー」なんて浮かれていたけれど、実際はそこまでのものはなかったわけだ。でも、少しあの作品群のわけがわかって嬉しかった。
気分はすっきり、心は晴れ晴れ。そういえば帰り道は豪雨が嘘のように止んでいた。

自慢させて

個人的には柳原極堂の作品があったのは嬉しかった。
だって、この人は正岡子規にも夏目漱石にも実際に会って話した人なんだからね、とやっぱりミーハーな私。
まあ、あとは時間があるときにあの「秋琴」についてもうちょっと調べてみよう。

家に帰って両親に美術館でのことを報告した。
2人とも反応は「あー、やっぱりねー」という感じ。
そんな話をしていると、例のタッグを組んで一緒に調査したイトコのお姉ちゃん(この人も私のイトコではあるが)が、お中元を持ってやって来た。
久しぶりだったので、ちょっと立ち話しする。
その時私は、例のお宝についてちょっとだけ彼女に自慢した。
「そしたらね、柳原極堂の俳句の掛け軸もあってん。これはさすがに嬉しかったわ」
すると、即座に彼女はこう言ったのである。
「ああ、極堂だったら、うちの床の間に飾ってる掛け軸もそうよ」
えええっ? そーなの? おたく、そんなの持ってたの?
柳原極堂の掛け軸ってそんなにどこにでもあるモノなの?

私にも自慢させてください。