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終わらない恋

毎年訪れる小さな温泉町。ある洋食店のメニューを食べるために通っている。最初は旅の帰りに立ち寄っただけだった。その時、隣にいた夫婦はハンバーグを食べていた。

パクパク食べる旦那さんの横で、奥さんは背中を丸めてハンバーグを見つめていた。
するとシェフが何か話しかけた。奥さんは小さくうなずき、彼はニコッとして静かに彼女の皿を下げた。
ハッと気づいた。

……もうお腹いっぱいで食べられなかったんだ。

誰よりも早く気づき、自分のつくった温かな皿を下げる。そのふるまいにわたしは一瞬で恋に落ちた。料理はもちろん人を大切に扱うそのあり方を含めて、まるごと一目惚れしてしまったのだ。年に1回通い始め、セレブや要人が訪れる有名店だと知ったのは後のことだ。

寒くなったら、またあの店に行ける。
そう思うと胸がときめき踊り出す。
無口で心を尽くすシェフと最高の料理、その空間。この世で一番好きな場所。
味わい深い人生はまだまだ続くのだ。


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