ぼくとミャオンと不思議を売るお店 第2章2話
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2章 猫はトモダチ
2話
お庭に出るのは、これが初めて。
そっと踏んだ地面はざらざらしていて、びっくりしちゃった。家の中はツルツル、すべすべ、もこもこだから。
「『オダイキン』は持ってきた?」
「あ!」
クロエさんに聞かれて思いだした。そうそう、それがないと願いごとがかなわないのよね!
「ちょっと待ってて」
私は慌てて家の中へ舞い戻った。
陽太のベッドの下に潜り込む。奥のほうにおもちゃを隠しているの。いつ泥棒さんに盗まれるか分からないから。最近、身体が大きくなってきて、ベッドの下に入るのもちょっと大変になってきたのよね。隠し場所、別の場所にした方がいいかなぁ。
おもちゃの山から、パパさんに貰ったボールを手でちょいちょいっと手前に転がす。
ボールって言ってるけど、ただのボールじゃないのよ。なんだか羽根がにょきっと生えているの。羽根はフワフワで、転がすと面白い動きをするんだけど、臭いのよね。とにかく臭くて、でも、持ち運びには便利かも。
「んしょ」
私は羽根の部分をくわえて、また家の外へ。
そしたら、庭で私を待っていたのはグレースだけだった。スノウさんとクロエさんが居なくなってる。私が「あれ?」って顔をしていると、グレースが「兄ちゃんたちなら、用事があるとか言って行っちゃった」って教えてくれた。
「『店』ならオイラが案内してやるから、心配すんな!」
グレースはエッヘンと胸を張る。なんだか頼もしげに見えるわ。
「ありがとう」
って言ったら、ぽとりとボールが地面に落っこちた。
ん〜。お店に着くまでは、おしゃべり、あまりしない方がいいかもね。
私は慌ててボールを拾い上げて、グレースのあとに続いた。
歩き出してすぐ、芝生のチクチクした感触にびっくりしちゃったけど、言葉には出さなかった。だって、いちいち驚いていたら、なんだか格好悪いし、ボールも落としちゃうじゃない?
グレースは庭を取り囲む植え込みの隙間をするっと抜けていく。
私はいつも、この植え込みの外はどうなっているんだろうって気になってたから、ただ通り抜けるだけなのに、心臓がバクバクしてる。
「…………」
恐る恐る外に出てみる。
「わぁ」
思わず声が漏れる。でも、ボールは落とさなかったわ。
あのね――目の前に、広くてどこまでも続く道があったの。
ここの地面はうちの庭のテラスよりも、もっとでこぼこでザラザラしてる。
私が目を丸くして辺りを見回していると、遠くから地響きが聞こえてきた。
グレースが「道の真ん中には出るなよ。なるべく端っこを歩くように」って、注意してくれる。
「それより、この近づいてくる地響きはなに?」って聞きたかったんだけど、答えはすぐにわかった。
大きな、大きな、おっきな車だったの! 陽太の部屋で小さな車を見たことがあるけど、こんなに大きい車は初めて。掃除機よりも大きい。陽太のベッドよりも。空を全部、覆い隠しちゃうくらいの大きさ。
それが、猛烈なスピードで道を走ってきて、私たちの前を通り過ぎていった。
私は呆然と大きな車を見送る。
「……いいか、あれにぶつかるとおしまいだからな。あれが動いてる時は、絶対に近づいちゃだめだ」
グレースが真剣な表情で言う。
ぶつかる……あの車に?
想像して、ぞくっとする。
おしまい。
わかる、わかるわ。気をつける。私はこくこくと頷いた。
「今のよりもっと大きなトラックとかもあるからな。ほかにも、バイクとか自転車とか、色々気をつけなきゃいけないのがある。人間の道、特に広い道を歩く時は本当に気をつけるんだぞ」
うんうん。
私は何度も頷く。
トラックも陽太が持ってる。でも、きっとやっぱり本物は大きいんだろうな。バイクに自転車はテレビで見たことがある。やっぱりそれも実物は大きいんだと思う。それが人間の道を走り回るとなると……ウルトラスーパービッグ危険物になるのね。(陽太の口癖を真似しちゃったけど、多分こういう意味で使うんだと思う)
グレースは私の反応を見ると「よし」ってにっこり笑って、「それさえ気をつければ、外は面白いとこだぜ!」ってまた歩き出した。
それさえって……簡単に言うけど、ものすごく大変なことに感じる。
「っあ」
グレースが小さく声を上げて、唐突に立ち止まった。
何か緊張しているみたい。さっきまでゆらゆら振っていた尻尾をおなかの下にそっと隠そうとしてる。
「?」
グレースの視線の先を見てみると――猫がいたの。スノウさんよりも大きいかもしれない。
キジトラの模様で、おなかは白。ちょっと長めの毛並み。クロエさんとは正反対だけど、ゴージャスなオトナの女性っていうのは、こういう感じかな。でも、目つきがとっても鋭くて、迫力満点……あ、目が合っちゃった!
「!」
その猫、私と目が合うなり、身体中の毛が、ばばばばって逆立っていった。
なになに? 私、威嚇されてる!?
思わずグレースの背中に隠れちゃう。
「こ、こんにちは、ゴンさん」
グレースは目の前の猫に、そう挨拶した。
「お、おう」
「!」
低い声。え。このゴージャスな人、男の人なの!?
私、びっくりしてポトってボールを落っことしちゃったけど、そんな場合じゃない。
「そいつは、誰だ? 新顔だな」
ゴンさんは私をジーッと睨みつけてくる。
「は、はい。オイラの家の隣で飼われてる、ミャオンっていいます」
「ミャオン……」
グレースが、私に目で挨拶しろって合図してくる。ここは言う通りにした方がよさそう。
「は、はじめまして……ミャオンです」
おずおずと自己紹介してみた。
「……おう」
ゴンさんは私から視線をそらさない。ジロジロ見られて、怖い。
「…………」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙と睨みあい。なに? なんなの? 動けないんですけど!
「え、えっと、それじゃ、オイラたち急ぐんで」
グレースが強引に固まった空気に割りこんでくれた。
「さ、行こう、ミャオン」
「え、ええ」
私たちはそっとゴンさんの横を通りすぎる。そーっと、そーっと。
「……おい!」
急に声をかけられて、私は飛び上がった。
「は、はひっ!?」
声が裏返っちゃった!(恥ずかしい!)
「忘れもん」
え。
振りかえってみると、確かに! 私、『オダイキン』のボール、落っことしたままだったわ。
慌てて取りに戻って、くわえて。
「ありがとうございます」ってお礼したら、またボール、落ちちゃった。
「…………気をつけな」
ピカッて光っているみたいに鋭い視線で、ゴンさんが言う。
こ、こわーい! まるで、まるで……ほら、あれ! ママさんがよく見てるテレビドラマに出てくる……犯人さんみたい!
「は、はい」
私はまたボールをくわえ直すと、ぴゅーっとグレースの元へ駆け寄った。
「行こう」
グレースに促されて、また歩き出す。
私たちが角を曲がるまで、ゴンさんの視線がいつまでも背中にまとわりついてきている気がしたけど、確かめる勇気はなかった。
角を曲がると、そこは小さな道だった。ここなら、車は入ってこられそうにないわね。
自転車とか、バイクは――わからないけど。
「ふぅっ」
グレースが大きく息をついた。
「まいったなぁ、ゴンさんに会うなんて思わなかった」
「……」
私はうんうんって頷く。
「ゴンさんは、この辺りのボス猫なんだ。喧嘩っ早いから、気をつけて」
私は青ざめながら、また頷いた。
「……さてと、『店』はすぐそこだよ」
グレースは少し足を速めて歩き出す。私も一緒についていく。
小道の真ん中あたりで、グレースはひょいって横に反れた。
「着いた。ここだよ」
これが――その、願いごとをかなえてくれる『店』。
ちょっと古い建物に、(何て読むのかわからないけど)『不可思議本舗』って書かれた、大きな看板がかかってる。曇りガラスがはめ込まれた、大きな扉。(これは人間用ね)そして、その下には小さな板(これは猫用の扉!)。
グレースがその板に鼻先で扉を押して、店の中へ入っていった。
私も真似してお店の中へ。
「いらっしゃい、グレース。……おや?」
出迎えてくれたのは、大きな人間のおばあさん。グレースを見て微笑んだかと思ったら、私に目を向けて、むむって眉間にしわを寄せた。
え、なに? 私、何かした?
おばあさんはジロジロ私を睨みつけてくる。
もう――また? 私はそっとボールを下に置きながら、心の中でため息をつく。
今日、外に出てから、睨まれてばかりな気がする。なにもしてないのに。
……でも、これが外の世界なんだわ。危険でいっぱいの外の世界。
それを承知の上で、私はここまでやってきた。
……うん。よし。
私はおばあさんに「こんにちは」って挨拶をした。
<3話へ続く>
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