本当のところ、人の役に立てたのか、それとも…


5月28日。

とても気持ちのいい風が吹いていたお昼前。
窓を開けて車を運転していたとき、少し前を走っていた自転車から何か黒っぽいものが地面に落ちて、ゴツッ と鈍い音をたてた。

小さいけど重たく固そうなもの。…スマートフォン!!
漕いでいる男性は気付いていない。
これはなんとしても知らせなくては。
スマートフォン紛失なんて私だったら1週間、いや1か月くらいは悶々としちゃうだろう。

幸いにも前を走る車とは かなり距離がある。
ぐいっとアクセルを踏み込んで自転車の横に並び、スピードを自転車に合わせて走りながら 
すみません!!
と思い切り叫んだ。
声が聞こえたのか、追い抜かずにスピードを緩めたせいなのかはわからないけれど、男性は運転席から叫ぶ私に気づいてくれた。
何か落としましたよ!! 
男性は怪訝な表情でこちらを見た。
あ、イヤフォンしてる。ダメかも。
そうよぎった瞬間、男性は右のイヤフォンを外して私の方を覗き込んだ。

何か落としましたよ!!後方を指差しながらもう一度叫ぶ。
声は届いたようで、自転車は止まった。

ルームミラーに写る男性の姿が小さくなる。背負っていたバッグを探って、来た道を振り返っている。
もっとむこうだよ、だいぶ進んじゃったから。
戻ってくれるかな。戻るよね、スマホがないって気付いただろうから。

無事に伝えられてほっとしつつ、
今日は人の役に立てたんだな〜
あの人もスマートフォンを失くさずに済んだし、よかった〜
なんて幸せな気持ちになって、家に戻った。



夕方、ふと蘇る。

あの人、イヤフォンをしてた。
その音源って?
スマートフォンに入ってるんじゃない??

そうだ。どうして気付かなかったんだろう。
もちろん、スマートフォン以外に音源を持っている人もいるだろうけど、その確率はあまり高くなさそうに思える。
ということは、あれはスマートフォンじゃなかったの?
そもそも本当にあの男性が落としたの!?


あのとき、車道の脇を走る男性の向こう側の歩道にも、自転車に乗っている人がいた。
ひょっとしたら、その人が落とした?
それとも、最初から落ちていた黒くてかたい物を轢いて跳ね上げて、派手な音がしただけだったのかも…

だんだん自信がなくなってきた。
私が見たものは、私の想像でしかなかったのかもしれない、とさえ思えてきた。
もしもそうだとしたら、人の役に立てた!なんて喜んでいる場合じゃない、迷惑をかけたことになるじゃないの。
私は昼間の都合のいい思い込みに、少し凹んだ。

本当は何だったんだろう。
なんにせよ、今となっては知りようもない。
願わくば、あの男性のものでありますように。
そうでなかったなら、せめてあの男性が、先を急いでいたわけではありませんように…。

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