日本水平社宣言

全󠄁國ぜんこくに散在する吾が特殊部落民よ團結だんけつせよ。
長い間虐󠄁いじめられて來きた兄弟よ、過󠄁去かこ半󠄁世紀︀間はんせいきかんに種々くさぐさなる方法と、多くの人々とによつてなされた吾等われらの爲ための運󠄁動うんどうが、何等なんらの有難︀い効果を齎もたらさなかつた事實じじつは、夫等それらのすべてが吾々によつて、又他の人々によつて每つねに人間を冐瀆󠄂ぼうとくされてゐた罰であつたのだ。そしてこれ等らの人間を勦いたはるかの如ごとき運󠄁動は、かへつて多くの兄弟を墮落させた事を想へば、此際このさい吾等われらの中より人間を尊󠄁敬そんけいする事によつて自ら解放せんとする者の集團運󠄁動しゅうだんうんどうを起󠄃おこせるは、寧︀むしろ必然である。

兄弟よ、　吾々の祖︀先そせんは自由、平󠄁等びょうどうの渴仰者︀かつこうしゃであり、實行者︀じっこうしゃであった。陋劣ろうれつなる階級政策の犧牲者︀ぎせいしゃであり男らしき產業的殉敎者︀さんぎょうてきじゅんきょうしゃであつたのだ。ケモノの皮剝ぐ報酬として、生々しき人間の皮を剝取られ、ケモノの心臟を裂く代價だいかとして、暖󠄁あたたかい人間の心臟しんぞうを引裂かれ、そこへ下らない嘲笑の唾まで吐きかけられた呪はれの夜の惡夢あくむのうちにも、なほ誇り得る人間の血は、涸かれずにあつた。そうだ、そして吾々は、この血を享うけて人間が神︀かみにかわらうとする時代にあうたのだ。犧牲者︀ぎせいしゃがその烙印らくいんを投げ返󠄁なげかえす時が來たのだ。殉敎者︀じゅんきょうしゃが、その荆冠けいかんを祝︀福︀しゅくふくされる時が來きたのだ。

吾々がエタ○○である事を誇り得る時が來きたのだ。

吾々は、かならず卑屈なる言葉と怯懦きょうだなる行爲こういによつて、祖︀先そせんを辱しめ、人間を冐瀆󠄂ぼうとくしてはならぬ。そうして人の世の冷たさが、何どんなに冷たいか、人間を勦いたはる事が何なんであるかをよく知つてゐる吾々は、心から人生の熱[5]と光を願求禮讃がんぐらいさんするものである。

水平󠄁社すいへいしゃは、かくして生れた。

人の世に熱[5]あれ、人間じんかんに光あれ。

大正十一年三月

1922年3月3日、京都市・岡崎公会堂にて宣言

特徴
編集
米騒動後の同情融和思想の本質が人間の冒涜であることを、両義的字句の「勦（いたわる。　旧かな遣い : いたはる)」を二ヶ所用いて表現した。同時に「勦」の送り仮名に「抜け字」(脱字)を用いて「る」とし、もう一つには「はる」と表示した。これは起草者西光万吉が人権宣言の未完を通じて、人権確立の困難性を示唆しようとしたものである。なお、西光は美術家でもあり、当時の外来の芸術思潮として受容された「ドイツ表現主義」の影響を受けて、内面からの表現を重視した。反差別に対して集団運動の必然性を説き、根元的な人間の尊厳を高唱した