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レディ・ジョーカーに祝杯を捧げよ⑦

「はぁ・・・疲れた。」
 男が、椅子に座りながら大きく伸びをした。朝から仕事をしているのに、机の上が片付く気配はない。それどころか、処理をしなければならない書類の山が高くなっているのは気のせいだろうか。
「真面目にやらずに溜めるからですよ、坊ちゃま。」
「坊ちゃまって言わないでくれよ。それに、こっちだって忙しかったんだから、仕方なかったんだ。」
「そうでございますね。綺麗な女性と、観劇やお食事で忙しそうでしたから。お相手も毎回違って、私は心配でございます。」
「ぶっ・・・!何でそれを・・・いや、何を言い出すんだよ!」
「おやおや、いつから坊ちゃまのことを知っていると思っているのですか。私は何でも知っておりますよ。それに、私は心配でございます。坊ちゃまを支えてくださる素晴らしい奥さまに、いつになったらお会いできるのかと。」
「まぁ、それはそのうちに・・・。」
「坊ちゃまが見つけられないようなら、自分が見つけてみせると旦那様が張り切っておりますよ。」
「えっ・・・!それは、だいぶ困る・・・!」
(父上は、母上みたいなしっかり者の女性が良いと言うけれど、僕は可愛らしい女性が好きなんだよな。それに色気があって、男を振り回すような小悪魔的な子がいいな。そりゃあ、母上のようにしっかりしている人の方が、安心して家を任せられるのはわかるんだけどさ)と、男は困ったように眉を下げた。もちろん、目の前にいる執事は若い主人の考えなどお見通しで、(やれやれ、恋人と奥さまを同じだと思っているようでしたら、まだまだですね)と、内心溜息をつくのであった。
「と・り・あ・え・ず、目の前の仕事を片付けますよ。出来ましたら、私は旦那様に、坊ちゃまの結婚相手を探すのを待っていただけるよう進言いたします。」
「本当!?」
「約束は守ります。まずは、仕事でございます。」
「わかったよ!」
 執事のマクシムが部屋を出て行く時、振り返って胸元から一枚の手紙を出した。
「忘れておりましたが、坊ちゃま。手紙が届いております。こちらに置いておきますので。それでは、失礼いたします。」
 男は、年齢によらず素早い動きで扉の近くにあるチェストに手紙を置き、返事も聞かずに部屋を出て行った。その様子を不審に思った男は、すぐに手紙を手に取るために立ち上がった。
「・・・ユーグからじゃないか!ちっ、あの爺さん、わざと遅くに渡してきたな・・・!」
 男は、急いで手紙の封をペーパーナイフで切った。

『親愛なる友 ピエール

元気にしているかい?
君がそろそろ私のところへ来る頃ではないかと思っているのだけれど、残念ながら、急な仕事が入ってしばらくロンドンに行くことになったよ。
そういう訳で、しばらく会えないと覚えておいてくれ。
また君と会ったとき、面白い事件だったと言えるよう、全力を尽くすよ。
それでは、また会える日まで。

ユーグ・ガルニエ 』

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