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30代からの人生は伏線回収

ふと思った。
30代からの人生は伏線回収だなと。

30代以降、

あー、あの時のあの経験がここにつながっていたのか!

あー、あの出会いがここにつながってたのか!

あー、あの失敗はここにつながってたのか!

とそれ以前の人生の経験、人との出会い、失敗とかが、
なるほどここにつながっていたのかと、時間がたってわかることが増えた。

たとえば私は高校受験は第二志望の高校に進み、
大学受験は第四志望の大学に進んで、
高校は校風が自分の性格に合ってたから結果オーライだと思っているけれども
大学はさすがに第四志望だったので、自分もまわりも落ち込んだのだけど、
最近になって伏線回収というか、この大学になった意味がわかってきたように思う。

たとえば
◆受験、家庭の事情、大学の寮生活のストレスで腰を悪くする

→寮母さん(キリスト教系の大学だったのでシスター)が
自然療法の治療を施してくれて、紹介状がないと会えない先生を紹介してもらう。
その治療院が自由が丘にあり、何度も通ううちに自由が丘の学生会館に引っ越し。
今でも自然療法、自然治癒に興味がある。そして大好きな自由が丘に3年住めてよかった。

→動けない間に「本当は何がしたかったのだろう」と考え、高校時代に持っていた「世界青年の船」のパンフレットを思い出し応募。地元と東京の二カ所の選考を通過して大学2年生で参加。最年少組で先輩方に可愛がってもらった。そして東京に来たかった理由も思いだし、東京でしかできないマスコミの仕事を見てみたいと思いNHK報道局のアルバイトをする。

◆第一希望、第二希望、第三希望はそうではないのに、第四志望で入った大学は

→第四志望の大学だけが東京にあり、4年間東京に住むことに。20歳前後の多感な時期に大都会東京ですごせたことは今でもすばらしい体験だったと思う。

→第四志望で入った大学だけがキリスト教系の大学。必修の基礎科目でキリスト教についての授業があったり、讃美歌を歌ったり。それまでキリスト教系の学校に行ったことがなかったので大学ではじめて聖書を読む。そして実は英語を本当に身に付けたければキリスト教的な考え方を理解しないといけないこと、英語圏の人の価値観の根底にキリスト教があること、西洋の絵画とか聖書のストーリーを描いたもので合ったりすることを知り、いまだに勉強中だし、たまたまだけどキリスト教系の大学で基本的なことを学べてよかったと思っている。

ここに書いたのは、まだこれまでに、だからこの大学だったのかと思ったことだけれども、もしかするとこれからも伏線回収というか「だからか!」と思うことが出てくるかもしれない。というか出てくるはず。


だから、訳もなく心惹かれること、なんか理由はわからないけど行ってみたいやってみたいは実行するべきだし、

出会った人とはいつどこでまた再会するかもわからないのだから、素敵な人には感謝の気持ちを目一杯表して、あまり好きになれない人とも感じよくあっさりしておけばいいと思う。

そして、その場では失敗と思ったことでも
何年後、何十年後にそのことが起きた理由がわかったり、
その経験があったからよりよい未来が開けた、ということがあると思う。


私が好きな説明の1つ。
何かの本で読んだ言葉。

オセロで、途中黒が増えても、最後に角を白が取れば
全部白にひっくり返るんだから。

だから、あまり思い煩わず、
自分の好きなことを、興味があることを追求して、
出会った人を大切にして、
失敗も、小さなことだったら「いい話のネタができた」と思い、
大きなことだったら、
自分が映画監督で映画を作るならどういう話をつくるかを考え、
ただ平穏な人生なら全く面白味がないストーリーになるけれども
山あり、谷ありだからドラマチックで人が心揺さぶられる映画になるんだよなと思い、失敗も困難も最終的にはありがたいと思えるようになるといいと思っている。



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