見出し画像

本当のクリスマスプレゼント

その二人はソーシャルディスタンス以上に離れて座っている。

冷えきった夫婦。

その寒さに刺激され、窓の外は雪が降っている。テレビの音だけが部屋中に響いた。

男「NO――――」

女「どうしたの?この世の終わりみたいな顔して」

男「俺はもう終わりだ」

女「何?どうしたの?」

男「人生って意外とあっけないもんだな」

女「だから何があったのよ」

男「大学願書を、見本見ながら書いてたら、自分の名前のところに【進学花子】って書いちゃった」

女「大丈夫よ、よくあることだから」

男「よくあるか?【進学花子】だぞ?なのに性別は男に〇してんだぞ?俺はもう終わりだ」

女「じゃあ用紙を変えればいいじゃん。私、もらってきてあげるから」

男「この紙じゃなきゃダメなんだ。神社行って、すげーお祈りしてもらったんだから。俺は、この願書じゃなきゃ大学なんて行かねー」

女「…。あ、そうだ。私、サンドイレイサー持ってるんだった」

男「サンドイレイサー?」

女「要は何でも消せる消しゴム」

そう言って女はボールペンで書かれた文字を、跡形もなく消してみせた。

男「うわーすげー。ありがとう。何てやつだっけ?」

女「サンドイレイサー。さあ、早く書いちゃいなよ」

男「おう」
   
そして音楽が流れだした。二人は踊りながら歌った。

♪どんな文字でも消せるんだ、サンドイレイサー

テレビ画面いっぱいにサンドイレイサーが映る。「赤もあるよ」と女の声が入った。そして夜11時のニュースがスタートした。


夫は立ち上がり、ありとあらゆる棚を漁っている。妻はそれを冷ややか目で見ていた。テーブルには離婚届があった。

妻はリモコンを取りテレビを消した。そして沈黙を破った。

妻「普通忘れる?何で持ってこないの?バカじゃないの」

夫「この家になかったっけ?」

夫は棚を漁り続けている。

妻「先週、あんたの荷物は全部持ってったでしょ?」

夫「拇印でいいかな?」

妻「知らないわよ。ていうか何で判子忘れるの?今日何しに来たの?そういうとこよ。私があんたを嫌いなところ」

離婚届には判子以外は全て記入されていた。夫は探すを止め、妻に詰め寄った。

夫「そんならこっちも言わせてもらうけど、離婚届に醤油のシミつけるなんてありえないから」

離婚届の所々に大小入り乱れたの黒丸があった。

妻「ちょっとこぼしちゃったんでしょ」

夫「ちょっとどこじゃねーだろ。何でこういうモノを飯のとこ置いとくんだよ。ていうか、離婚届を目の前によく飯がのどを通るな。そんな神経してるやつなかなかいないわ」

完全修復不可能。


しばらくして、隣りの部屋から人が出てきた。赤い服に白いひげに赤い帽子。そう、それはサンタクロースだった。

サンタ「まだ起きてましたか?こんばんわ」

夫「あれ、サンタクロース」

妻「サンタクロースが何の用よ」

サンタ「何の用って。子供たちにプレゼント配りに来たんでしょ」

今夜はクリスマスイブ。バタバタですっかり夫婦は忘れていた。すかさず妻はおねだりした。

妻「あなたサンタだったらプレゼント頂戴よ。この人の実印頂戴」

サンタ「いや、そういうのは無理です。それにプレゼントは子供たちだけですから」

サンタクロースは離婚届を発見した。そこで全てを悟った。ほんとに全てを。そして提案した。離婚やめませんかと。しかし夫婦は言った。やめないと。もうお互い好きではないと。

サンタ「でも夫婦ってそういうもんじゃないんですか?パートナーって好きとか嫌いとか、そういうのを飛び越えたモノじゃないんですかね。私だってね、トナカイの事大嫌いですよ。角邪魔だし。ソリ乗ってると前見えにくいんですよ。走ってる最中にうんこするし、こっち飛んでくるんですよ。真っ赤なお鼻のって歌なのに鼻赤くないし、全然好きじゃないんですよ。…でもね、私のパートナーはトナカイじゃなきゃダメなんですよ。二つで一つなんですよ。だからあなた達も」

妻「…トナカイのこと言われましても」

全く刺さらなかった。そしてサンタを追い出そうとしたその時だった。

サンタ「息子さんはどうなるんですか?」

夫婦はドキッとした。

サンタ「さっきからあなた達は自分の事ばっかりだ。息子さんの事は考えてるんですか?」

妻「考えてるわよ。なんでサンタにそんな事言われなきゃいけないの」

明らかに威勢のない声だった。

サンタ「じゃあ、今年のクリスマスプレゼント、息子さんは我々サンタに何を頼んだか知ってますか?」

さらに弱弱しくなった。夫に助けを求めた。

妻「…何?」

夫「いや、聞いてないよ」

夫の声も微かに聞こえる程度だった。そしてサンタは二人を叱りつけるように言った。

サンタ「サンドイレイサーです」

妻「サンドイレイサー?」

夫「よくCMでやってるやつ?」

妻「何であんなものを」

サンタ「さっき、息子さんの枕元にプレゼント置いた時、寝言を言ってました。『これでお母さんの文字が消せる』って『これで、お母さんとお父さんは離婚できなくなる』って」

妻「たかしが?」

サンタ「『文字だけじゃなくて、離婚事態も消せたらいいのになー』って」

妻「寝言ですよね?そんな言う?」

サンタ「最後の方は付け加えましたけど。でも、最初の方は本当に言ってたんです。いいんですか?子供にこんな事思わせて。クリスマスプレゼントを、自分の欲しいものじゃなくて、家族のためになるものを選んでるんですよ。まだ小さい子供にこんなに気を使わせて、あんた達は平気なんですか?」

相変わらず雪は降り続いている。しかし気温が少し上がったのか雨に変わろうとしている。

息子が本当に欲しかったものはサンタクロースを通じて叶いそうだ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?