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まっしゃーないっスね!は、魔法の言葉

この言葉は、長年通っている担当美容師さんの言葉だ。

担当美容師さんと書いたものの、小学生時代からの知り合い。もう20年以上の付き合いで、「担当美容師さん」と言うよりは「幼なじみ」の感覚に近い。

友達の従弟であり、2つ下(仮にゆうちゃんとしよう)のサッカー大好き少年。細身で地毛が天然茶髪、性格に派手さはなくどちらかというと硬派で、誰からも好かれていた。
愛想が良く話しやすいタイプではあったが、どこか掴みどころのない、自由な旅人のような、孤独を愛する飄々とした雰囲気があった。

そんな今のゆうちゃんは体を鍛えてガタイがよくなり昔の面影はほぼない。しかし、明るく飄々とした性格や表情などは昔のまんまだ。

そんなゆうちゃんが、地元秋田で美容院をオープンした。友達からの紹介で、以来ずっとゆうちゃんの美容院に通っている。

その時私は髪を赤色に染めたくて、この日初めてブリーチをかけた。初めてというのもあり、ハイライトカラーでポイントを赤色にするカラーリングにした。完成イメージのカットモデルさんを見せてもらい、テンションが上がる。

そういえば。

そういえばゆうちゃんは昔、とっても髪が茶色だった。今は真っ黒。
気になったので、ふと質問した。

「そういえば、昔、地毛茶色だったよね?」

「そうッスそうッス!オレ黒髪が好きで!黒染めしてるんス!ないものねだりなんスかね~」

「へーそうなんだ!私はずっと黒だから、むしろ違う色にしてみたくて!お互いないものねだりなのかもね笑」

「……そういやオレサッカー部の時、地毛が茶色だったからよーく怒られてたッスよー!黒に染めろ,黒に染めろって。」

「えーそうだったの?全然知らなかった!」

地毛が茶髪でかなり苦労していたらしい。試合に出ようものなら、他校の監督から「あなたの学校では茶髪の生徒を試合に出しているのか」と言われて試合に出られなかったこともあったという。

勘違いされて怒られたり、試合に出してもらえなかったり。部活以外でも、学校で呼び出しくらったり。自分はただ自然体でいただけなのに、地毛が茶色ということでよくないイメージを持たれたり、素行が悪いと思われたり、理不尽な経験が多々あったというゆうちゃん。

「そうだったのか〜、そんなことがあったとは…それは嫌な気分になるよね…」

ゆうちゃん、苦労してたんだなあ。やっぱり人って、見えないだけでそれぞれ苦労していること、あるよなあ。
当たり前のことではあるが、そんなことを感じながらゆうちゃんの過去の嫌な出来事を思い出させてしまい申し訳ない気持ちになった。

そんな感情がふと頭をかすめたと同時に、ゆうちゃんは底抜けの明るい声でこう言った。

「まっ!しゃーないっスよね~!そりゃそう見えますもん!」

底抜けの明るい言い方。

過去を恨むわけでもない。

過去を気にするわけでもない。

無理やり「しゃーないっス!」で済ませているわけでもなく、心の底から「しゃーないっス!」と思っている、澄んだ発言だった。

そのあっけらかんとした言い方がとても心に響き、なんだか気分が良くなる。

あの時の先生はほんと嫌で、今でも思い出して腹が立つとか、勘違いされて理不尽だったとか、なんとなくそんな話の流れを想像してしまっていた。

しかしゆうちゃんは、当時の嫌な思い出を根に持つどころか「仕方ないっス!」の一言で完結していた。

「仕方ないっす!あの時代、みんな黒にしろ~って感じでしたし!でも、おかしな話っすよね~!髪染めちゃダメって言われているのに、俺は黒に染めろって言われて~(笑)」

当時のことを思い出しながら、それこそ性格そのまんまに飄々と話すゆうちゃん。

「しゃーないっス!」

よく考えてみれば、この言葉で済ませられる出来事は、割と少なくない。

満員電車で他人とぶつかってしまい、舌打ちをされた時
「しゃーないっすしゃーないっす!満員電車ですもん!そんなこともありますよ!」

結婚適齢期を過ぎて、おせっかいに「結婚しないの?」と、親戚の叔母さんに言われた時
「しゃーないっすしゃーないっす!年代が違いますもん!あの時代は結婚して当たり前でしたし!」

自分の不手際で、上司から怒られた時
「しゃーないっすしゃーないっす!次から気をつけければいいんで!」

これは全て私の経験談であり、似たような経験をされた方が多いだろうと思われる出来事をチョイスした。

ほんのちょっとした、ささいなこと。でも、なんだかモヤモヤしたり気にしたり…
そんなとき

しゃーないっすしゃーないっす!

心の中でそう思うと、なんだかモヤモヤした出来事が浄化されてゆく気分だ。仕方のないことを、自分で重くしていたのだと知る。

もちろん、しゃーないっす!で済ませられない、済ませてはいけない問題もある。

ただ、そこまで深刻ではないけれど、なんだか自分の中で気持ちの整理がつかず前に進めない時は、ぜひこの言葉を思い出して欲しいと思った。

小さいモヤモヤは、燻ると徐々に大きくなってしまい、自分を苦しめる原因にもなり得る。モヤモヤが原因で、自分の行動や心がギクシャクしてしまったり。そして、更に関係が悪くなってしまったり悪循環に陥ったり。

そうなってしまいそうなときは、「しゃーないっすしゃーないっす!」で気持ちを浄化し,前へ進む。まさに、心が少し楽になる魔法の言葉。


ハイライトカラーを施してもらった髪は、想像以上の仕上がりだった。ブリーチをかけてもらったこともあり、しっかりと赤色が入る。髪色が変わると、ぱっと気持ちも自分の好きな色に変わるのは、なぜだろう。

「組み合わせによっては2色にもできるッスよ!」
私の満足げな表情を見て、ゆうちゃんはそう言ってくれた。
「じゃあ次は、2色にしてみようかな!」

なんだか髪にも心にも魔法をかけてもらえたよう。
次は2色にするぞ!と心の中で決意しながらゆうちゃんにお礼を言い、足取り軽やかに、美容院を後にした。

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