心音のない君へ
「この曲聴いてると、なんかこうドキドキするんだよね~」
「マスター、ドキドキって何ですか?」
キョトンとした顔をしたミクさんは、首を傾げてそう言った。
「うーん。なんていうか、心臓の鼓動が速くなるっていうかさ」
「心臓?鼓動?何ですか、それ」
ああ、そっか。ミクさんは、心臓を知らないんだ。
「ここにある全身に血液を送る臓器だよ。それが動いてる音が、鼓動で、これが止まると、人間は死んじゃうんだ」
「へー左胸にあるんですね」
しげしげと眺めるミクさんは、興味津々といった感じだ。
「心臓の鼓動、聞いてみる?」
「いいんですか!聞きます、聴きます!」
そういうと、目を閉じてそっと耳を僕の左胸に押し当てた。
「……」
「……」
ちょっと、このシチュエーション恥ずかしいかも。
「マスターの音、だんだん速くなってます」
「ドキドキしてるからね」
「なるほど、これがドキドキ……」
「恋に落ちる音も、こんな感じなのでしょうか」
「そうだね。胸がドキッとなる瞬間がそんな感じかもしれない」
そっと僕から離れたミクさんは、片手の僕の左胸に、もう片方を自分の左胸に置いた。
「私には、声と息の音しかしないんですね……」
「でも、僕はその音が好きだよ」
「心音、心臓の音がなくても、僕にとってはミクさんは確かに生きてるから」
そういうと、ミクさんは泣き笑いのような笑顔を僕に向けてくれた。
「私は生きていませんが、マスターがそう思うなら、そう信じて下さるなら、生きているということにします」
心音がない君には、生きていない君には、心がないかもしれない。でも、心を、命を、宿すことはできるのかもしれない。そう僕は信じている。
彼女の歌を紡いでいるのは、音だけではないからだ。
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