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『なつかしい芸人たち』色川武大さんの名著

しばらく放置してしまったnoteですが、ちょっとずつ更新をば。

担当の方に許可をいただきまして、これまで雑誌などに書いた原稿をアップします。


今回は、PHP『くらしラク~る♪』2019年7月号 リレーエッセイ
「わたしのそばにある、暮らしの本」

リード文に

『今も手元に置き、生活に彩りを与えてくれる本について、リレー形式でつづっていただきます』

とあるように「暮らしの本」しばりなのですが、わたしが書く意味も考えて演芸の本もこっそり混ぜ込みました。

一回目は
『なつかしい芸人たち』 色川武大著 新潮文庫 

それこそ、何度読んだかわからないぐらい、手元に置いて愛読している一冊です。

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この年になると、家族や友人、親戚が病気やケガで入院したりすることがよくあります。年齢とともに、身体にもいろいろと故障が出てくるのでありましょう。
落語のマクラで
「昔は楽屋で『酒を飲んだりバクチを打ったり』なんて話をしてましたが、今では『サプリを飲んだり点滴を打ったり』ですね」
てな哀しい話を聞くことも。

家族が入院した、となると、飛んで行ってお医者さんの話を聞いたり、書類を書いたり洗濯物を持って帰ったりするわけですが、難しいのは友人が入院した場合です。

「退屈してるねん、遊びに来て~」

という人もあれば

「スッピンのパジャマ姿なんて、絶対に見られたくない!」

という人もいて、まさに千差万別、人さまざま。
また病状やケガの具合によって、気軽にお見舞いに行けるときとそうでないときがあります。


 辛かったのは、年上の友人がホスピスに入院していたときのことです。
本人も自分の病状をよく知っていて、どちらもこれが最後の対面になるんだろうなぁと思ってはいるものの、もちろんそんなこと口には出せません。

いつものように、当たり障りのない話をして「じゃあそろそろ…」と帰りかけたとき、「うん、ありがとうね」といつになくお礼を言われ、病室を出たとたん抑えていた気持ちがあふれ出て、ホロホロと泣いてしまったのを覚えています。

友の病気、と聞いて思い出すのが、この『なつかしい芸人たち』です。
登場するのはエノケンに金語楼、トニー谷など、お笑いの歴史上の有名人から無名の人までさまざまなのですが、売れに売れた大スターにも、世の中との折り合いがつかず売れ損なってしまった人に対しても、著者の色川武大さんは同じように優しいまなざしを向けています。


 落語家の春風亭柳朝師匠について書かれた「明日天気になァれ」の一文もまさにそう。そして、本の中でこの一文が異彩を放っているのは、病の床にあった柳朝師匠へのみごとなお見舞いになっているからであります。

ごぞんじ春風亭小朝師をお弟子さんに、そしていまテレビやラジオで大活躍の春風亭一之輔師を孫弟子に持つ柳朝師匠、わたしは直接高座を拝見したことはないのですが、タンターンとはずむような、江戸っ子らしい歯切れの良い台詞まわしはいま録音で聞いてもすごいなぁと思います。

若いころ柳朝師匠は、人気も実力もバツグンの古今亭志ん朝師匠と二人で落語会をやっていたのですが

「皆、志ん朝をききにくるんだろうから俺は邪魔にならないようにやるよ」

と言ったのだとか。

このやる気のなさそうな態度を色川さんは

「自分が主役でないと思ったら、一気に隅のほうにひっこんで、悪あがきを見せない。(中略) 淡泊、見栄坊、恥かしがり屋」

と書いておいて「あるんだなァ、私にも」と、自分との共通点としてとらえています。
むやみに褒めず、ときにはクサしていながらも、柳朝師匠のことが大好きな様子が伝わってくるのです。


五十代の若さで柳朝師匠は倒れ、半身不随になってしまいます。
「落語家が口が不自由になったら内心の苦しみはどんなだろう」
と案じつつ、いつも威勢が良かった人の患った姿を見たくなかったのか、色川さんはお見舞いには行かなかったのだそうです。

そのかわり、この「明日天気になァれ」の一文を雑誌に書いて、ご自身が先にあの世へ行ってしまわれました。

この文の最後は

「落語はもうむりとしても、とにかく少しでも身体の不自由がとれて、おだやかな後生がおくれるといい。今、この一文を記して、好きな人だったなァ、と改めて思う」

と締めくくられています。

同じ物書きとして、友人が病に倒れたときに、自分にこんなにも素直で優しい励ましの文が書けるのだろうか。とても自信がありません。
と同時に、もしこんな文を寄せてくれる友がいたならば、誰になんと言われようともその人の生涯は幸せだったと思うのです。


オンデマンドや古書店で入手できます。
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