Alyans "Na Zare"から考えるソ連産テクノ(共産テクノ)のバイラルヒットはなぜ起こったか

はじめに

2023年春学期に大学に提出したレポ―トを(テスト期間で)ちょうど発掘したので少しだけ編集してこちらに載せます。レポートとはいえほとんど記憶を頼りに書いたエッセイのようなものでした。ご容赦ください。

読んだ本と参照した資料の書誌情報一覧
四方宏明『共産テクノ ソ連編』合同会社パブリブ、2016年
佐藤英彦『蒸気波要点ガイド』DU BOOKS、2019年
Laborwave | Aesthetics Wiki – Fandom(https://aesthetics.fandom.com/wiki/Laborwave
ソ連からロシアに語り継がれるAlyansの名曲”Na Zare”
https://www.sleepyhead.club/alyans_na_zare
80s Soviet Synthpop Альянс - На заре (At dawn) USSR, 1987
https://www.youtube.com/watch?v=H6wl-EyhXl0
 

本文

2018年、共産テクノとの出会い

Alyans(アリヤーンス、露:Альянс)というバンドを初めて知ったのは2018年のことだった。
当時のYouTube(あるいはReddit)ではVaporwaveというムーヴメントが席巻していた。突然爆発的に再生回数が増えた竹内まりやの『プラスティックラヴ』もこのブームの一端である。

Vaporwaveは既存の曲を遅回しにして質感をチープにし、まるで子供の頃ショッピングモールで聞いたBGMのようなノスタルジックな音楽と、日本のアニメや海洋モチーフを無茶苦茶にコラージュしたようなアートワークが特徴的な文化のムーヴメントだ。
中学二年生だった私は、自分が頭の中で思い描いていた憧憬をそのまま音に投影したようなこの音楽に対して、「これほどまでに私の感性と似ている人が沢山いるのか」と衝撃を受けてYouTubeで日々Vaporwaveを検索していた。

同時期、私はソ連にロマンを感じる“共産趣味者”であったため「Vaporwaveソ連版とかあったら面白いのに」と考えていた。
そしてあっさりと見つかる。Laborwaveというものだった。

動画は二、三個しかあがっておらず、ソ連や中国共産党のプロパガンダポスターのサムネイルを吟味して、私はレーニンの絵がサムネイルのものをクリックしてみた。それは、中学生が初めて触れるには危険なほど、素晴らしい音楽体験だった。

それは単純にソビエト時代のテクノポップを遅回しにしただけのもので、それなのに涙が出るほど美しいメロディーだった。原曲はどれほど美しいんだろう、絶対にサンプリング元が知りたい。それがアリヤーンスのNa Zareだった。

Na Zareの"裏"アンセム化


この2018年当時、既にアリヤーンスの『Na Zare』はYouTubeで旧ソ連ロックの“裏アンセム“になり始めていたのではないかと思う(表のアンセムはKINOの血液型だとして)。
私は『Na Zare』にあまりにも衝撃を受けすぎて友達に「これ私がこの世で一番好きな曲!」とリンクを送ったり、当時はロシア語版ウィキしかなくアリヤーンスの情報がほとんど手に入らなかったため、必死でgoogle翻訳をして途切れ途切れの情報に困惑したり、情報の記載目当てで『共産テクノソ連編』を購入したりした。

同書によれば80年代当時ソ連内でのバンド活動はデビュー作をリリース後、活動が立ち切れになっていたアリヤーンスだが、私が覚えている限りでは2018年には『Na Zare』のライブ映像が数百万回再生され、Remix動画も存在していた。(これはWitch House Remixだったと記憶しています、なんともロシアらしい。)

Sovietwaveの広がり

YouTube上でこの時期にSovietwaveという80年代のシンセサイザーを用いた音楽ジャンルがブームになりつつあったのだ。
Synthwaveからの派生ジャンルとして出てきたSovietwaveは現在でも多くの人が動画をあげているほど大きなムーヴメントとなった。

ほぼ唯一となる日本語記事にはSovietwaveは「Sovietwaveと対比して語られるのがSynthwave。アメリカの80年代を思わせるヤシの木やオープンカー、当時流行したアーケードゲームなどのモチーフをインスピレーションとして音楽ジャンルとして知られている。このようなアメリカ的なイメージがごっそり旧ソ連を連想させる対象へと入れ替わったのがSoviet Waveだという。」(ソ連からロシアに語り継がれるAlyansの名曲”Na Zare”)と解説されている。

2019年頃のブームのピーク時、『Na Zare』は凄まじいバイラルヒットとなった。アリヤーンスのキーボーディストだったオレグ・パラスタエフのYouTubeチャンネルにはMV一つと同じライブ映像が三つ投稿されているが、これらはそれぞれ現在1000万前後再生されている。

まとめ


四方宏明氏は「今までアクセスが難しかった情報、音源、動画などに触れることができるようになった。結果、インターネットの進歩によって、情報の鉄のカーテンは開かれ、て、本書で定義するところの共産テクノへと辿り着いたのだ。」(『共産テクノ ソ連編』228頁)と語っている。

同書が発売されたのは2016年であるためインターネット上でのソビエト時代のテクノポップのブームはまだ起こっておらず記述も無い上、このようなインターネット上のムーヴメントは記録があまり存在せず、個人の記憶に頼るしかない場合も多い。

そのため自らの記憶やYouTube上に残されたコメントを頼りに見ていくと、このバイラルヒットはロシア語圏のテクノポップの不思議なノスタルジーと哀愁に人々が共感したことが要因に挙げられると私は考えている。私たちが普段感じている抑圧的な空気や、つらさを感じているときにソビエト時代の音楽はとても合っているように感じる。またインターネットの普及以前はアクセスさえ出来なかったソビエト時代の彼らの映像を見る時、鉄のカーテンの中に確かに生活があったことを感じ、とてもエモーショナルな気持ちになるのだ。

あとがき的な

実はこのレポートで先生からA+の評価を貰いました。その後、心身が不安定になって休学してしまいましたが、この単純に自分の記憶と心について綴った文章が先生に届き、最高評価を貰えたことはとても心の支えになりました。本当にありがとうございます。

アリヤーンスの動画をたくさん載せてくれていた、印象的なサングラスをかけたぽっちゃりキーボーディストであるオレグ・パラスタエフ氏も亡くなってしまいましたね。このニュースが届いたときは辛くてたまらなかったです。

ちなみにBioconstructor(ビオコンストルクトル、露:Биоконструктор)もとても好きでした。t.A.T.uも大好きでよく聴いてます。中谷美紀の『キノフロニカ』もタイトルのロシア語や陰鬱な歌詞がちょっとソ連っぽくて大好きです。

私の中学生時代はソビエト時代のテクノポップに支えられていたと言って過言ではないと思います。インターネットが発達したことによって彼らの音楽が鉄のカーテンも、時代をも飛び越えて異国の中学生の憂鬱を、そして今に至るまで私の心を癒してくれたことはなんだかすごく不思議で、大切にしたい記憶です。

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