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野村さんのこと 転職エージェントさんと10年をともにして(転職します⑩)

先週、今回の転職でお世話になった野村さんという転職エージェントの人というか兄貴的な人と近所の餃子店でごはんを食べた。転職活動自体はオンラインでほとんどやっていたので、会うのは久しぶりだった。会うやいなや、会わなかった時間がすぐにゼロになる人ってすごいですね。野村さんの高い人間性を感じた。しかしながら、転職させていただけた件お礼を伝えたところ、「しょうみ、ゆうておばさんやん!?よくぞ転職できたなぁ~」とのお祝いのお言葉をいただき、よいチャンスさえあれば殺すと思いながら、会食が始まる。よう在職しならがら転職活動をやりきったなと褒めてくれる君、わたしが新しく入る会社はすげえいいよと具体的に褒めてくれる君、そうじてありがたかった。そして、二日酔いしないようにへパリーゼをあげたら「こういうのすぐ出してくる女の人ってあれやわ…」とわりとドン引きしながらそれを酒で流し込む君、野村さんの一緒の会社の人のTwitterがひどく良いと伝えたところ、我がことのように喜ぶ君、そんで全般的に面白かったので、大っ嫌いだけど愛してるってことで、二週間後にまた飲もうってことで、ふたりのどんちゃん騒ぎは終了した。

はじめて野村さんと出会ったとき、それは26歳くらいだった。前の会社をやめて、転職活動をしているところだった。野村さんに騙されて、田舎娘の俺は、夢だけをぱんぱんに詰め込んでやすやすと滋賀県から夜行バスでやってきて、東京に到着した際には約束の時間までにはあはれ12時間くらいあったので、漫画喫茶で12時間パックを頼み、惰眠を貪りつつ漫画を読み、その時間が近づくにつれ、徐々に緊張しながら、指定された都会のビルに行き、受付にておうきな声で来社の旨を伝え、とある部屋に通され、ぼんやりと立ったまま、これから来る人のことを待っていた。ふと見ると、窓から見える夜景がキラキラしていてとても素敵だなって(たぶんビルの3階くらいだったけど)、ドキドキが止まらなかった。一方、窓に映る俺は分不相応な素敵なスーツを着ていた。それは父ちゃんが京都のツモローランドで買ってくれたやつで、分不相応ながらも、こんな俺を何かの間違いで、どこか素敵なところにつれてってくれそうだった。ドアが開いてその方がやってきた。わたしはきっと緊張していて、東海林のりおみたいに、高校三年生を歌うみたいに、ピーンとしていたんだけど、その後もさらにドキドキとわくわくのほう、することになった。あのときドアを開ける人がこの人でなかったら、違う人だったら、また全然違う人生だったと思うと、しょうみ運ゲー要素強いなと思った。ただし運ゲーといえど、そこから派生する自己決定権こそが人間の幸福であるので、わたしはその決断に今もなお感謝しています。

わたしが転職エージェントの野村さんとして好きなところ・野村さんとこで転職しないとだめなところは以下である。ちなみにわたしは野村さんとの付き合いが10年以上になるので、一見さんではその限りではないかもしれない。

・私の言葉を(ポジティブ・ネガティブ・一人称な感情)すべて受け止めつつも、その中にちょっとだけある良さを見つけて、サプライズを持って、それを教えてくれて勇気づけてくれるところ
・世の中のどんなところにフィットするか、わたしの希望に即して提案してくれるところ。もしかしたら自分も自分も役に立つのかなと思わせてくれるところ。結果、候補の会社でどんな風に仕事したいかを具体的にイメージできたところ。
・熱すぎない、寒すぎない、ニュートラルだから信頼感があるんだけど、一方で、言葉の一つ一つがありきたりではなくて、私のために言葉を選び発声してくれるところ
・以上をひどく論理的に伝えつつも、最終やけにエモい(私の場合は田舎にいたときに「東京に出てくるなら、僕も家探しとかアドバイスできるかも」みたいな。同じようなメールの中で大きな差別化になった)ところ。
・私が思う私より、野村さんが思う私の方ができる人・いい人だと思い、それに近づきたいと具体的に自分が努力できるところ

そんな風に思っていた。人材の仕事というのはすごい難しい仕事だと思うんだけれど、野村さんのありようを見ていると、なんだか俺以外の人とも、とても濃密な時間をすごしているらしく、やけにうらやましい。自分自身が人間的に磨き上げられる仕事だと思うし、人のことを勇気づけられる存在だと思う。わたしも次に生まれたら人材の仕事につきたいなと思うまでになった。わたしなんて全然できないだろうけれど、人生の大きな決断を一緒にできる仕事は本当に素晴らしいし、ほんの少しの言葉が、誰かにずっと伴走できるとしたら、こんなすごいなんてないよって思う。野村さん、ありがとう!


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