はじめに
福島県の三春町生まれ、郡山市に育った鬼生田貞雄についての文章が、ここにはまとめられています。
郡山市には現西田町に鬼生田という地名があり、そこに廣度寺というお寺があります。廣度寺は作家が生まれた当時、三春町の名刹龍穏院と繋がりがありました。当時、どちらのお寺にも「鬼生田」姓の住職がいらした。
その僧家の鬼生田家の子息が鬼生田貞雄(本名貞淳)であり、明治大学に進学以後、彼は跡継ぎ問題のゴタゴタから、福島県とは疎遠になります。いろいろな行きがかりがあり、実家の話は彼にとって、タブーとなっていきます。東京、そして埼玉に根をおろして小説を執筆をしていましたが(「埼玉文学」という埼玉県の文学賞の選考委員を務めていたこともあります)、ともに同人雑誌を立ち上げたのは独特の東北観をもっていた石上玄一郎、「黒い羊」や「わっぱ騒動」といった力の入った長篇は田舎を舞台としていて、軽く書かれたジュニア小説にも福島に対する愛郷心の発露が垣間見られます。「ライターの走り」(彼を頼っていた出版社の社長の言い分です)という都会的な世過ぎを送っていた一方で、郷里である福島は、作家にとって抜き差しがたい役割をはたしていた。
福島県生まれの作家として(敢えてこのような限定的な言い方をするのですが)、彼は非常にユニークな小説家です。そして、才能ある小説家です。のちにここに文章を書くつもりですが、久米や宮本百合子に比して、鬼生田貞雄は歴然と小説が上手かった、そう私はおもっています。
さて。このマガジンの構成としては、
・「写真編」写真を幾葉か紹介した記事。
・「鬼生田貞雄の文学」(原稿用紙換算百枚あまりの評伝)
・「解説・考証編」(「鬼生田貞雄の文学」には多くの不徹底な箇所があります。そこで一ページ一ページ、原稿をどのようにして書いたのか、解説を添えながら、ここそこの部分についてはまだ詰めて調査してゆくことができる、という点をとくに取りあげます)
とりあえずのメインコンテンツとなる「鬼生田貞雄の文学」について。
評伝を書くというのは、なにほどか対象を理解した、したつもりになったからこそ、書き出すことができるわけです。そして書きながら考える、書くことが考えることになっていき、書けば書くほどに分からないことが増えていく――少なくとも私の書いたものについて、私はそのような状況に追い込まれました。もっともそれは「福島県文学賞」の締め切りにあわせて、見切り発車で執筆をはじめ、三、四日で初稿を完成させたのでしたから、当然のことです。なによりも書くこと、オーソドックスにひとりの人間が生まれてから死に至るまで、読み物の形式でざっくりとでもいいから、全体像をつかめるものを書き、そこから生まれてくる色々な問題提起があるはずだ、とおもって書いていましたし、そこは完成をみた今でも、この文章はあくまでもそうした性質の文章なのだと、変わらずにおもっています。
というわけで、この評伝には多くの不備があります。単純に日本語の表記として難がある点もまだまだ、散見されます、――これは自分はあくまでも小説を書きたいのだ、余芸として書いている評伝なのだ、という意識が私に強くある以上、ある程度はしかたがないのです。但し作家論、作品論、つまりあくまでも私の所感である部分と、伝記的な事実を書いた部分と、そこはあくまでも読んでいて分かるように(無用の混乱を招かないように)、注意をして書いたつもりです。今後のことを考えた時にいちばん重要である、事実関係の掘り下げ等については、「解説編」にて踏み込んで補足していくつもりでございますので、乱文にかんしては何卒ご寛恕いただきたくおもいます。
「鬼生田貞雄の文学」執筆に際して、廣度寺、龍穏院、三春町民図書館、三春町歴史民族資料館、田村高校レファレンス、近代文学館、明治大学資料センターにお世話になりました。拝謝いたします。
まだリストアップしきれていないのですが、「鬼生田貞雄の文学」参考文献は下記の通りです(敬称を省かせていただきました)。
「現象」1号~30号 現象同人会 (※途中「作品」に改題した期間あり)
「文芸首都」十八号 文芸首都社
「温泉」一九五三年十一月号 一九五六年二月号 日本温泉協会編
「選挙 選挙や政治に関する総合情報誌」一九六五年五月号 同年九月号
鬼生田貞雄著作
「煙魂」「黒い羊」二見書房
「基地九十九里」東和社
「ほのかな愛の物語」「涙ぽろんと」秋元書房
「アナタハン」(丸山通郎名義)東和社
「グアム島」(伊藤正名義)二見書房
「鬼生田郷土史」鬼生田小学校編
「校友會報」創刊號~第二號 田村中学校
「三春藩主秋田氏」三春町歴史民族資料館
「れきみんブックレット1 三春城下町を歩こう」三春町歴史民族資料館
「三春町史 第9巻 近世資料2(資料編)」三春町
「わが町・新宿」田辺茂一 旺文社文庫
「おかしな本の奮闘記」堀内俊宏 二見書房
「石上玄一郎作品集」冬樹社
「石上玄一郎論―観念の帝王」矢島道弘 審美社
「直木賞のすべて」(川口則弘)
https://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/post-8a0a.html
「文壇放浪記」十返肇 角川書店
「フォークナー事典」日本ウィリアムフォークナー協会 松柏社
「「少女小説」ワンダーランド―明治から平成まで」菅聡子 明治書院
「家族会議」横光利一 新潮文庫
朝日新聞 昭和三五年五月二十一日、二十四日記事
「シベリア抑留 日本人はどんな目に遭ったのか」長勢了治 新潮選書
「シベリア抑留――米ソ関係の中での変容」小林昭菜 明治書院
「リジリエンス」ジョージ・A・ボナーノ 金剛出版
「海燕」一九九三年十二月号
静かに本を読みたいとおもっており、家にネット環境はありません。が、このnoteについては今後も更新していく予定です。どうぞ宜しくお願いいたします。