見出し画像

日記0445あるいは理性と利己心

タバコの箱。その内側に、たった一言「ごめんなさい。」とだけ書き残して、彼は消えた。

小さい男だった。小人、とまではいかないが、私よりも背が低く、ということは、人間という種において小さい方ということになるはずだ。

「君は身長の高い男のほうが好きでしょう。」
「身長よりも筋肉のある男が好き。腕が太いとなお良いね」

私はふざけてそう返したが、彼は悲しそうに笑った。彼の腕は細く短い。

「ずいぶんと長く……、いや、思い返せばあっという間でしたが名残惜しいですね。」
「愛社精神があったのか、君にも」

彼は肘の関節を鳴らした。火がやっとついた、薪の音によく似ている。

「愛は数量化できますから。会社への愛は5年と1ヶ月です。」
「私への愛は?」
「1秒ですね」
「ずいぶんと短いな」
「たった1秒で、すべてを変えてしまったのだから。だからアナタは特別なんです。」

小さな男は膝を抱えて、段ボールの中で死んだ。私がガムテープで閉じてしまったから死んだのか、それとも、閉じる前から死んでいたのか、それはわからない。

「ごめんなさい。」

彼はすべての言葉に句点をつけて話しているような、そういう丁寧な発音をしていた。もう聞けないのだと思うと、とたんに悲しい。

スープを二杯飲んで、あとは残した。

シャワーを二度浴びた。

とても寒い。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?