これからの歯科保健推進への展望 Vol.02

Ep1-3.エビデンスの罠? 限界から文化の醸成として

一方、歯科界ではエビデンスが強調され、フッ化物の応用を推進しようと様々な取り組みが進められ、実際に乳幼児のう蝕は顕著に減少してきました。近年、歯科口腔保健の推進に関する法律( いわゆる歯科口腔保健推進法) の施行により、各都道府県でも多くの条例が制定されてきていますが、その中に科学的根拠にもとづくう蝕予防を一歩踏み込んでフッ化物の文言が入ることが注目され話題に上っています。フッ化物の応用はう蝕予防に対してある一定の成果を上げる手段であり、「歯磨き神話」を脱却する効果的な材料として有効だと考えています。歯磨きだけで予防しようとしてい
る多くの方々にも推奨したい歯科保健行動の一つです。
一般的に科学の進歩により、様々な神話や伝説的な言説は単なる言い伝えであり科学的根拠のない昔の風習や習わしだったと理解され、近代文化から影を消していく現象が多くみられます。「三歳児神話」の崩壊もその帰結の一つとして捉えられ、う蝕予防の科学的根拠の理解を広く啓発することで、歯磨きに対する母親の育児負担感を軽減する契機になればいいなと思っています。
ただ、現代社会では科学的の対局に非科学的があり、非科学的なことは無意味と短絡的にされてしまう傾向も否めません。科学的の対局としてある非科学的であることが、文化的行動まで排除する風潮があるように感じるからです。さらに簡単便利、効率的、手軽に美味しいといった謳い文句が消費者行動を強固に誘導する時代にあってはなおさらです。「三歳児神話」や「歯磨き神話」に明確な根拠がないとしても、養育者が行う育児や歯磨きの文化的価値は依然重要な部分として醸成していく支援が今求められているのだと思います。
また、フッ化物の応用が科学的で効果的であるとはいえ、今本当に支援が必要なパワーレスな養育者への戦略としては少々注意を要すると考えています。『被抑圧者の教育学』の著者パウロ・フレイレは、「パワーレスの対岸にはパワーつまり支配が存在する。」「解放のために尽力する人々は、被抑圧者の情緒的依存、すなわち、かれらを取り囲み歪んだ世界観を抱かせる具体的な支配状況の産物である依存を利用してはならない。」とし、「解放のための唯一有効な道具は、被抑圧者との永久的な対話関係を作りあげる人間化の教育学である。」としています。“ フッ化物を応用すると、こんなに
費用も労力もかからずこんなに効果的! ” ということを謳い文句に当事者に労力をかけさせないといった依存を利用して、う蝕予防の効果を専門職の成果として誘導する「フッ化物神話」を作り上げはしないかと危惧する所以です。そして、その効果の限界に対する認識も必要です。
う蝕の原因が生活環境、生活習慣、特に食習慣に起因することを認識し、人としての暮らしの文化的側面をどのように支援すべきかを様々な側面から考えて行くこと、また社会全体で子どものお口の健康という価値を見い出し醸成することが連携、協働のコンセプトだと思います。
人々の健康を維持増進するために、疾病に対する科学的な予防行動の推奨だけでなく、人間の文化行動として重要であるにもかかわらず見落とされていることを住民や当事者とともに対話の中から見い出し、目的を共有しながら協働し地域文化を醸成していくための支援がこれからの保健専門職の新たな役割であり、当事者の主体的な参加、エンパワメントへの道のりではないかと思います。
日本国憲法第25 条第1 項における「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という原点に帰り、第2 項において「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障および公衆衛生の向上および増進に努めなければならない」とする国の社会的使命の一環として、国家資格を持つ者として如何に使命を果たして行くかが問われている時代だという認識が必要だと感じています。

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