後部座席の少女の話
「前来た時に乗っていた車は廃車にしたんだよね。それとは直接関係ないけどさ…」
北海道に向かう途中で立ち寄った地方都市在住の鈴木夕子さん(仮名)から聞いた話。
当時、鈴木さんは結婚前で母親と二人暮らし。
勤務先は自宅から車で30分ほどの総合病院の事務なので、基本は定時に仕事が終了する。いつも夜の6時位には職場を後にするのが日課となっていた。その日もそうであった。
定時に仕事が終わり鞄とコートを自分の車の後部座席に放り込んで、いつものように自宅に帰る。市内を10分ほど走り抜け国道に入ったあたりで車内の異変に気がついた。
ルームミラー越しに見える後部座席に見知らぬ少女が座っているのだ。
少女はキャミソール、下は短パン姿と肌寒い季節にそぐわない服装で下を向いて座っている。
知らない人がいつから乗りこんでいるのか?何故走る前に気がつかなかったのだろうかと、頭の中でぐるぐる考えが巡るが車は急に止められない。
数分走ってから目に入ったコンビニの駐車場に車を滑り込ませて一旦落ち着く。
そのまま後ろを見ない状態で車外に出て、外から車の中を覗き込む。ドアの鍵がかかっているのも確認した。歩きながらあらゆる角度から何度見ても、出る時に載せた荷物以外は後部座席には誰も居ない。
そして周りは何もないので、誰かが知らぬ間に出て行ったとも考え難い状況である。
落ち着いて少女の姿を思い出す。気のせいや見間違いではない。あれが幽霊なのだろうか?肌色もよく随分と生々しい。服装も現代的で生きている人となんら変わりがなかった。
しかし正体も無く消えてしまったいまの理解が追いつかない。再度、コンビニの駐車場を見渡すが誰もいない。
気になるのだが心あたりは無く車は母親も利用するので、このまま黙っておく事にした。
もし幽霊ならば走行中に目が合わなくて良かったと内心ほっとした。その後は何も無く家に帰り着く。
娘が帰宅する頃に、母親は友人と長電話の最中であった。
たったいま戻った娘は「先に風呂に入る」と言い残し部屋を出たので電話を続ける。週末の友人とのドライブ予定が纏まったので、行先のルートを確認する地図を探した。部屋の中にあった市内地図では詳細図しか記載されていない。急に車に乗せっぱなしのドライブマップを思い出してガレージに取りに向かった。
玄関を出てすぐ右側にガレージの建物はあり、扉を開けてすぐに電源がある。
スイッチを入れて、そのまま屈んで車の中を覗き込んでギョッとした。驚いて少しのけぞる。後部座席に見知らぬ少女が座っているのだ。
誰だろう?ずいぶん若いが娘の友人なのかと思いそっと声をかけてみる。「夕子のお友達?どうしてここにいるの?」
かけたその声に反応するように、うつむいて座っていた少女はゆっくりと顔をあげていく。うす暗い中で一瞬、目が合うと静かに怒るような表情を浮かべてこちらを見ている。
娘もだが母親もこれまで一度も幽霊のたぐいを見た事はない。霊感とかお化けの話はTVの中の作り話だと思っていた。
しかし目が合った瞬間に、すぐ目の前にいる人がこの世の人間ではないというのが腑に落ちる不思議さがあった。
「誰なの!」と、驚いて声をあげると煙のように目の前の少女は消えてしまう。
一気に怖くなりガレージの外に飛び出した。
しばらくして落ち着いてから見間違いなのかと思い直し、もう一度ガレージを確認する。もう誰もいなかった。
怖々と車の中の地図を手にとり慌てて母屋に戻る。気にはなるのだが心あたりは無く車は娘が毎日通勤で利用するので、このまま黙っておく事にした。
その後に車を廃車にする際になって母娘で「あの時に実は…」とお互い言い出して発覚した話である。
関係なくても、霊感が無い相手でも、ある日突然見えてしまう訳のわからない幽霊の主張の強さ。その割にはそれっきりで、強烈な記憶だけ残すのは面白いなと思って聞いた話でした。
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