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フランケンアカガネの開頭記

■まずは自己紹介から
 はじめましての人は、はじめまして。そうでない方は、やあどうも。三割なほら吹きおじさんの銅大です。SF作家やゲームデザイナーなどの文筆業を営む59才です。
 今回、脳腫瘍がみつかり、開頭手術でフランケンシュタインになりました。
 その顛末について、まとめたのがこの記事です。
 事実を元にしてはおりますが、私という主観フィルターを通しており、内容はフィクション寄りです。そのため、記事内の場所や名前はA病院やK医師となっています。ご了承くださいませ。

■ヒートショック‥‥だよね?(1月15日)
 きっかけは、湯上がりに転倒したことです。浴室のドアが割れ、血の痕がついてました。
 寒い脱衣所と温かい風呂。普通に考えれば、血圧の上下動によるヒートショックです。寒い冬場であれば、よくあること。ですが、問題がひとつ。

 意識を取り戻したとき、私は布団の中にいて、全裸でした。

 おかしな話です。
 ヒートショックで気絶したなら、転倒した時点で目覚めるはず。もちろん、ずぶ濡れの状態で。はくしょん。
 なのに私は、ちゃんと風呂をでて体を拭いた上、二階にあがって布団に潜り込むまで、無意識で動いてたのです。体は拭けるが着替えはダメとか、プログラムで動くロボットか。
 家族によれば、夢遊病者のような動きであったとのこと。
 このことをTwitter(X)に書くと、皆からたいそう心配され、すぐに検査を勧められました。

■核磁気共鳴画像法(MRI)検査(1月17日)
 とはいえ、私はこの時点では事態を楽観していました。

「整形外科で、レントゲンを撮ってもらおう。たしか診察券がここに‥‥あ、すみません。前に背中の圧迫骨折でお世話になった銅大ですが」
「はい。どうしました」
「浴室で転倒しまして、頭蓋骨をみてもらいたいのですが」

 電話口の向こうの声が、真顔になりました。
 いや、本当に。
 声だけでわかるレベルで、真顔になるんですってば。

「それは‥‥絶対に専門医に調べてもらってください」
「そうなんですか?」
「はい。頭蓋骨が割れてる分にはウチでもなんとかできますが、それ以外は対処できません」
「専門というと、どこに‥‥」
「脳神経外科ですね」

 ネットで検索したI脳神経外科医院へ向かい、MRI検査となります。
 MRI、核磁気共鳴画像法は、磁力の力で内部を探れる優れものです。
 I医師は、私の一挙手一投足をじっと見た後、こう聞いてきました。

「手足に痺れなどはあります? 指は動きますか?」
「問題なく動きます」

 そもそも、病院までバイクで移動しているのですが。え? まずかった?

「こちらの画像をみてください。前頭葉に脳浮腫があります。それも、最大で6cmまで大きくなっています」
「脳浮腫‥‥もしかして、脳腫瘍というヤツですか?」
「はい。ここまで大きくなってるので、逆に良性であろうとは思うのですが」
「良性なら、放置してても大丈夫でしょうか」

 まだどことなく危機感のない私の反応に、I医師が、真顔になります。
 目の前にいたので、今度のは確実です。

「選択肢としてはありえますが、ダメです」
「ダメですか」

 なら投薬などで小さくしていくのかしらと聞くと、I医師は首を振りました。

「どの脳外科医でも、これは開頭手術が必要だと判断するでしょう。大きな病院を紹介しますので、そこに行って診てもらってください」

 あ。はい。

■手術と入院が決定(1月30~31日)
 いよいよ追い詰められましたが、まだ疑念が先にたちます。
 こんな医療ドラマのような出来事が私の身にあるだなんて。本当に?
 1月30日。紹介されたJ病院へ行くと、K医師はI医師の紹介状を読み、MRI画像を見、断言します。

「髄膜腫ですね。大きいです。開頭手術が必要です」

 K医師は裏紙に、私の頭部の絵を描いて説明しました。

「全身麻酔を行い、前頭部の皮膚を切開。開頭して、太い静脈を避けつつ脳半球の間から、腫瘍を切除します」
「手術ということは、入院も?」
「はい。ご家族との相談が必要でしょう。プログレスノートを出します」

 目の前で、K医師がキーボードを叩きます。

 ──早い! 指にためらいがない。これは本気だ。

 私が覚悟を決めたのは、まさに、この時でした。いいでしょう。俎板の鯉になってやろうじゃありませんか。
 後で知ったのですが、K医師はJ病院の副院長でもあり、災害派遣医療チーム(DMAT)で能登半島地震にも派遣された、ベテランでした。

「手術室は‥‥2月8日があいてます。手術は最大で8時間。入院は2週間です」

 おむすびころりん、すっとんとん。あれよあれよと決まっていきます。
 翌日の1月31日。入院手続きのためにJ病院にいった私は、造影剤をいれたMRI検査を行います。これには理由がありました。

「開頭しての腫瘍摘出手術の前に、他の可能性をすべて潰します」

 造影剤でくっきりと腫瘍部分が浮き上がった映像をみて、K医師は少し安堵した口調になります。

「画像でみる限り、前大脳動脈は癒着してません。脳浮腫が大きいので心配でしたが、これなら大丈夫です」
「動脈が腫瘍と癒着してたら、どんなリスクがありますか?」
「出血すれば、脳梗塞のリスクがあります」
「それは‥‥さすがに洒落になりませんね」
「あとは、腫瘍の硬さですが、これはさすがに開けてみるまでわかりません」
「やはり、現代医療でも、手術がはじまらないとわからないことがありますか」
「だからこそ、他の可能性は潰しておきたいのです」

 手術前に、造影剤MRI画像を見ながらスタッフとミーティングして、どんなリスクがあるか、トラブル時にはどのように対処するか、すり合わせを行う。
 長時間の開頭手術であればこそ、不注意からの操作ミスが起きる見落としは厳禁です。

■開頭手術(2月7日~8日)
 2月に入ってからは、心おきなく開頭手術するため、トンカツを食べたり、医療費の限度額認定適用証を申請したり、映画館で『ガンダムSEED FREEDOM』を堪能したり、またトンカツを食べたりしていました。肉うめえ。
 俎板の鯉である己を決意した以上、私の方でも予測可能なストレスはすべて潰すのです。
 2月7日にはJ病院で一般病棟に入ります。
 開頭手術の前には、全身麻酔です。胃にものが入っていないよう、絶食9hと、絶飲2hが求められます。前日入院による準備もまた、緊急手術では不可能なことです。

 2月8日。朝9時。K医師と医療スタッフが待つ手術室へと向かいます。
 ひんやりした床をぺったらぺったら歩きつつ、周囲を見回します。せっかくの機会なので、周囲の様子を克明に記憶に焼き付けておかねばなりません。

「では、麻酔を入れます」

 わかっちゃいましたが、そこで私の意識は途切れます。無念。
 プログレスノートで何度も確認した開頭手術は、次の手順で行われました。

・前頭部に皮膚切開
 こめかみから頭頂部まで皮膚を切り、べろん、とめくります。

・左前頭部を開頭
 腫瘍が左側なので。外した頭骨はとっておきます。

・腫瘍摘出
 大脳半球間列から、露天掘り形式でほじります。
 ありがたいことに腫瘍は柔らかく、出血もなく終わりました。
 硬膜を縫合します。

・手術終了
 骨を戻して金属プレートで固定します。エッセンスが減りそう。
 皮膚を縫合して開頭手術は終了です。

 私が目覚めた時には、K医師と、母と妹がいました。
 術後は集中治療室(ICU)へ運ばれ、一晩を容態観察されます。
 ふくらはぎには血栓予防のため、フットポンプで加圧します。ぶいーぷしゅーという空気音がロボットっぽい。
 ICUでは一晩中、おしっこいきたい気分になりますが、尿道にはカテーテルがぶっすり挿してあるので、気分だけです。尿を垂れ流す罪悪感はありますが、諦めるほかありません。

参考文献:
 真船一雄『K2』第466話:ふたりの長い夜
 小松左京『凶暴な口』(ホラー注意)

■入院(2月9日~16日)
 2月9日。朝になり、集中治療室を出たあとは、CT検査です。CTでは、磁場を使うMRIに対し、X線で頭の中をスキャンします。MRIは時間がかかるため、手術後の患者にはCT検査しているのではないかと。
 それから一般病棟へ。J病院では、一般病室は6人部屋を改装してトイレを各部屋につけたと思しき4人部屋となっています。
 2月10日。頭を覆うガーゼなどをとります。こびりついた血糊もはげるので、ちょっと痛いです。
 2月11日。何本も点滴を挿しているので、顔が大仏に。点滴は、注射針を皮膚に挿したあと、プラスチックのカテーテルを残したまま、輸液バッグを交換していきます。私は昭和の医療ドラマのイメージが強かったので、何度も点滴すれば腕がボロボロになるかと思っていましたが、顔が膨らむだけですみました。
 この日から、洗髪がはじまります。ばいきんが入らぬように毎日洗髪です。
 2月15日。造影MRIの検査の後、K医師から退院の許可がでます。その代わりに開頭手術の縫合でつかったスキンステープラーは、そのままです。フランケンシュタイン状態で退院となりますが、どちらにせよ外来の形での治療はしばらく続くため、抜糸などは、その時にまとめて、ということでしょう。
 2月16日。開頭手術の費用と入院費用を支払い、退院です。医療費の限度額認定適用証のおかげで、ずいぶんと助かりました。

参考文献:
 ひるなま『末期ガンでも元気です 38歳エロ漫画家、大腸ガンになる』

■まとめとして
 頭はまだフランケンですが、幸運にめぐまれた開頭手術でした。
 なんといっても事前に準備を整え、余裕をもって治療できたのが大きいです。
 この幸運は、浴室で転倒して意識を失った私に、すぐに精密検査の必要性を訴えてくれたTwitter(X)のフォロワーの皆さんのおかげであると思います。ここで重ねて満腔の感謝を。

 同時に、薄氷の上でスキップしてたが、たまたま氷が割れなかった側面があったのも間違いありません。浴室で記憶が飛び、裸で布団に寝ていたことから、自分の中にナニか異常があるのはわかっていました。ですが、あまりの急展開に、心の余裕がなくなっていました。
 私は59才。赤いちゃんちゃんこ予備軍なので、調子が悪くても年のせいにできてしまうのです。
 こうして記事を読み直してみても、緊張感のなさは明らかです。何しろ最初は、整形外科のレントゲンで済ませようとしてたくらいですから。
 MRIを撮ったI脳神経外科医院でも、『良性』という言葉に幻想をいだき、手術以外の方法でなんとかなると思っていました。
 ヒトのもつ叡智は、手持ち知性をどこに割り振り、どこに割り振らないかで決まります。私は突然のことにオロオロしつつ、開頭手術以外の方法でなんとかできるという言い訳に、手持ち知性を割り振っていたのです。

 もちろん、どれだけ美しい理論武装で幻想を守ろうが、現実は変わりません。
 脳腫瘍は、エッセンスが減らない頭蓋爆弾です。
 「サ・ヨ・ナ・ラ!」と爆発四散せずにすんだのは、J病院で、K医師のためらいのないキータッチを見たおかげでした。ベテランのK医師が、私には開頭手術が必要で、それも早ければ早いほどよい、というなら、その前提を受け入れた上でこそ、私の叡智は投入すべきだと。
 具体的には、気持ちよく俎板の鯉となるために、好きなことをして、ストレスを解消したのです。

 私は、未来医療もまた、この方向性に向かうべきだと思います。
 たとえば、俎板の鯉保険(仮称)です。個人・団体どちらでも。20才から入れます。年1回の人間ドックと、その診断結果に関係なく、長期休暇が与えられます。問題がなければ、休暇中は旅行にいっても家でゴロゴロしててもOK。有給がもらえるかどうかはオプション設定で。
 俎板の鯉保険の目的は、若いうちから人間ドックに入るほうが「オトク」だと刷り込むことです。
 俎板の鯉保険に加入した若者にとっての病院が、痛くなってから、あるいは調子が悪くなってから行くところではなく、堂々と長期休暇を手に入れる準備段階に行くところ、と意識を切り替えられれば、しめたものです。

 「オトク」な休暇に釣られて人間ドックに入った若者が、異常がみつかり、長期休暇がそのまま治療・入院に切り替えられて涙したとしても、騙してはいないのです。騙しては。

参考文献:
 永井豪『赤いちゃんちゃんこ』
 藤子・F・不二雄『定年退食』
 スザク・ゲームズ、ジェイソン・M・ハーディー『シャドウラン5th』
 ブラッドレー・ボンド、フィリップ・ニンジャ・モーゼズ『ニンジャスレイヤー』

追記(3月12日):
抜糸も終わり、K医師から日常生活に戻るお許しもでましたので、こちらのnote記事にまとめました。
フランケンアカガネの開頭記、その2
https://note.com/akagane_dai/n/nebc190a09b09?sub_rt=share_h


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