「Dolls」
※この小説はブランド「gallemy(ギャレミー)」によるtシャツ
「Dolls Tee」のコンセプト小説になっております。
ぜひ実際のgallemyの商品もご覧にいただけると幸いです。
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1
自身が眠りにつき起きるまで、意識下にないその時間を人間は想像というパワーで補う。
「しっ!静かに!来るぞ!倒れろ!」
リビングから聞こえる足音を感知し、危険の合図を皆に告げる。
俺の指示でパタリパタリと全員が倒れ、定位置についたところで子供部屋の開く音がした。
「ママ〜!今日はこの子で遊ぶ〜!!」
「ふふ、じゃあ夕飯まで遊ぼうねえ〜。」
親子で仲良く入ってきた2人は俺らを掴み、右に左にと歩かせ、飛んでみせ、戦わせる。これが俺らの仕事だ。
ピンポーン
「あ!パパが帰ってきた!」
「お!じゃあ夜ご飯にしよっか、夜ご飯食べる人〜??」
「はあああい!ぱぱあああ!おかえり〜!」
バタンと勢いよく閉められたドアが復活の合図。
「ふぁあああ!今日も疲れたぜえ!」
「私なんておどらっされぱなしよ!」
「僕なんか1回も触られなかったよ...」
「まあまあお前ら、いいじゃねえか、なんたってこっからは俺らの時間だ!!さあ!遊ぼうぜえ!!!!」
『人が空想できる全ての出来事は、起こりうる現実である』
フランスの小説家ジュール・ヴェルヌの残した言葉である。
例えば、空飛ぶ車だって、お化けだって、
例えば、命の宿るおもちゃの世界だって..
ここは人間には気づかれない、おもちゃの世界。
あなたの知らないところで、今日も夜な夜な、ひっそりとおもちゃだけのパーティーが始まる。
1
食事なんてしなくても生きていられるし、洋服なんてこの1着だけだ。疲れを感じることもなければ、眠気を感じることもない。壊れるまで生き続ける俺らには食事もお洒落も必要ない。唯一の決まりごとは人間にはバレちゃいけないこと。
じゃあなんで生きてるんだって、そんなこと思った君は少々疲れてるみたいだ。そりゃこの世に生まれ落ちだんだから、生きてるなら楽しまなくちゃな!
イギリスで生まれた私は、タキシードを身にまとい、片手にはステッキで燦爛たるたたずまい。細身の体を華麗に揺らし、今日も踊り明かす。
ダンスパートナーはいつもこいつ。全身白いドレスに包まれ、ヒールで床を揺らす足捌きはなんとも美しい。こいつとは前の家から一緒で、なんていうんだか、人間でいう幼なじみみたいなもんだ。
「今日も美しいね。」
「あら、あなたいつもそればっかり。」
綺麗に巻かれた長い髪を揺らし、少しおどけた表情でささやいた。
「本当なんだから仕方ないさっ。今日も最高だぜ。」
「ふふ、ありがとう。」
窓から入る光が木の板を照らし、さながらダンスフロアのよう。月明かりに照らされながら、辺りを見渡す。
ここには、全長2メートルの巨大なクマ、ご自慢のツノを光らせたユニコーンと言ったぬいぐるみから、ロリータファッションに包まれた黒白ガール、パンクロックな服装のモヒカンミュージシャンと言った人形、カラフルカラーにつつまれた機関車や、両手のシンバルを叩くだけの猿といった玩物まで、さまざまなおもちゃがいる。
いろんなやつがいるおかげで、喧嘩も絶えないがその分、毎日が騒がしくとても愉快で楽しい場所だ。
「おやすみ」という合図が俺らの「おはよう」の合図。
パタンと扉が閉まり、足音が遠のく音を聴きながら、ゆっくりと立ち上がり、今日もパーティが始まる。
「おし!行ったぞみんな!今日も始めるぞ!」
俺のサインでみんなが続々と立ち上がり、ベットから飛び跳ね、おもちゃ箱から飛び出し、踊り回る。
毎日毎日そんなことの繰り返しの中でどうやら一つ気づいたことがある。
おもちゃの中には、ごく一部、人間の前ではもちろん、夜になっても、意識を持たないやつがいる。この家にいる水色の象のぬいぐるみがそうだ。かつて皆でこいつを起こしてみようと試みたことがある。しかしどれだけ話しかけても、どれだけ触れても、ただそこにあるだけで、うんともすんとも言わない。
「お前はどうしちまったんだい。」
静かにその頬に触れてみても、返事はない。
いつしかのそんなことも忘れ今日もパーティで踊り明かすのみだった。
眼前より感じる視線にこちらも目を向ける。にっこりと笑うダンスパートナーと目を合わせ、こちらも笑みをこぼした。
夜は今日も始まっていく。
2
それは晴れていたような気もするし、曇っていたような気もする。風が窓をたたき、荒れ狂う夜でもなければ、紫外線を集めたレーザービームの広がる朝でもなかった。
すなわち、それほどに何気ない日常の中で、不吉なんてものは、日常と隣り合わせて、突然の巡り合わせを果たす。
「おやすみ」
少女は優しく俺たちに眠りの挨拶を交わす。
今日も始めるぞと叫びあげると、玩具箱からは待ってましたと体を半分乗り出し、くい気味に集まってくる。
今日は何をしようかと考えていると目の前の景色に違和感を覚えた。
「今日はなんか少なくないか?」
どうやらロリータのあいつとパンクロックモヒカンのあいつがいない。
おれらの中じゃよくある話だ。変なところに片付けられては、動けなくなり、その場で一生を過ごすなんてことも..
「おいおい、仕方ねえな。みんなで探すか!」
パーティはみんなが揃ってからでないと始まらない。
あたりを探してみるとすぐに見つかった。2人は仰向けでベッドに横たわり、主人の少女がそうしたように、仲良く繋げた手をずっと握ったままであった。
「おい何してんだよ2人とも、もう行ったぞ!」
茶化すように声をかける。
「おーい、もういったって。」
笑いながら話してみる。
「おいおい、俺をびっくりさせようってか、何回目だよ、もう引っかかんねえよ!」
焦りが体を支配してきた。
「おい、なあ」
やばい、
「おい!!おい!!2人とも!!!」
普段耳にせぬ怒鳴り声に、周りも異変を覚えた。
「おい!!返事しろよ!!」
続々と集まってきては、2人の姿を見て、顔色を変えた。
「もしかしてこれって...」
「2人ともどうしちゃったの...」
「ねえこれってさ....」
その声は恐怖心を纏っている。
皆の脳には一様に、忘れられていたいつも全く動かないあの水色の象の姿が描かれていた。
「こいつら、」
一度言葉にするのをためらい、それでもあえて言葉にする、皆の脳裏に浮かんでいたその言葉を。
「こいつら、意識がねえ...」
「ねえ!これどうしちゃったの!!俺ら壊れるまで死なないんじゃなかったの!?」
不安と絶望が皆の胸に突き刺さる。
どうやら俺らは、死んでしまうらしい。
いつ訪れるやもわからないその恐怖を途端に植え付けられ、全員が白くこわばった顔をしていた。
いやに沈黙が流れる。そのムードに耐えかね、やけに戯けた調子で無理やり口を開いた。
「おいおいどーしたああ!!なーんかしらけちまったなあ!!おっしゃ、じゃあ今日も遊ぼうぜ!」
空気とミスマッチしたその言葉は、次第に小さくなり、元の空気に飲まれ消えてしまった。
「うん、今日はやめようか...」
この家に来て、初めて、パーティは開催されなかった。
思いがけず友人を失った悲しみ、そして突然の死の恐怖に俺たちはどうしていいかわからなかった。
恐れおののき、ただ頭を悩ませては何もできず、この部屋の暗闇に身を任せるのみ。
2人はただずっと手を繋いでいた。
3
やけに大きな満月が夜空に浮かび、このフロアを照らす。
あれから約半年が経とうとしていた。
相変わらず、象さんは動かないままだし、ロリータのあいつとパンクロックのあいつも、意識を持たないままだ。
それでも徐々に活気付いたこの世界は、今日も静かにパーティを始める。
真実から目を背け、信じたいことだけを信じる心は、命あるもの共通の性なのか。
はたまた、うちにある恐怖に気づきたくないだけなのかもしれない。
「さあ今日も始めるぞ!」
半年も経つと新入りがいくらか入ってきた。
真実を知らないとするその天然素材の無遠慮さに変に助けられたりなんかして、そんなことを繰り返し、パーティは開催され続けた。
月明かりのスポットライトが窓から注ぎ、少しの明るさの中、ダンスは続く。優しいモノクロ色したその光と喧騒という陽気な音楽に包まれていた。
フロアを鳴らし、髪をなびかせ、身を委ね、息を合わせる。
目の前にいるダンスパートナーは今日は少しばかり、調子が良くないようだ。なんせこいつと毎日踊り明かしてるんだ、少しの異変くらいすぐに気づく。
「おい今日はどうしたよ、なんかあったか。」
優しく語りかけると、強張った顔のまま無理やり口角を上げて見せた。下手な苦笑いだ。自分でもぎこちなさに呆れたのか、口元は解け、強張った顔のまま、なにかを決意した表情でダンスを止める。
「ちょっと、いいかな。」
その言葉には、ついてきてというワードが同封されていた。
月明かり照らすフロアから離れ、ベッド下の暗闇に連れてこられた。
かつてない行動に驚きを隠せず、無理にポップな口調でふざけてみた。
「なんだ、なになに、どうしたんだよっ」
先程までおぼつかなかった視線が、こちらへ向かう。いつもみる、ダンスを交わし交わるその目、とても優しい目だった。
「あのね、私、あなたのことが好きなの。」
先ほどまで騒がしかったBGMがかき消されたように、その言葉は静かに、それでも真っ直ぐにおれの耳を鳴らした。
「なんだそんなことか!おれだって好きだぜ、お前も、ここにいるみんな大好きさ!」
「うん、知ってる。でも私の好きってねそうじゃないの。」
「どういうことだ??」
その細い体は小さく震えていた。何かに怯えているのか、張り詰めた身を解くように、強く、強く言葉にした。
「この身体が壊れるまでずっと一緒にいたいと思う。例えば、住む場所も、自分の夢も、全てを捨てて何かを守りたいと思った時、それはあなたじゃないと意味がないの。」
一度捻った蛇口から水があふれ出るように、ため込んだ想いが、次々とこぼれる。
「この身体が壊れても、たとえ、死んでしまったとしても、君がわたしの手をとってくれるなら、死ぬことも構わない。」
わずかの間、静寂が世界を支配した。小さく、だけど大きく息を吸う。最後の言葉が響いた。
「私はあなたに恋をしたの。」
ずいぶん長いこと沈黙が続いたような気がした。今まで抱いたことのない感情にただ、ただ黙り込むことしかできなかった。
針が0になっていたBGMの音量。徐々に徐々にとボリュームを上げ、徐々に徐々にと感覚を取り戻していく。
悩み抜いて脳が捻りだした回答は、ただ言葉を濁すことに力を注げということだった。
おれはただ、いつもの優しく笑う君の顔が見たかった。
「死ぬだなんて、、大袈裟だぜっへへ」
何やら考え込んだ顔で下を向く。
「うん、そうだね、大袈裟かも。」
目を合わせず、歩みを進めた彼女の体は暗闇からスポットライトに当てられた。
「私、もう疲れたからベッドの上に行くね。少し休んでる。朝になるまでこっちに来ちゃダメだよ。」
「うん、わかった。」
ベッドに上がり、月明かりと重なる彼女を見て、声をかけた。
「なあ、」
「ん?」
「ありがとう」
この5文字だけが、おれの精一杯の返事だった。
月明かりがぼやけて、彼女も目元が少し輝いた気がした。
「うん、おやすみ」
「おうよ、また明日。」
振り返ることなく歩く彼女の姿は心なしかおぼつかない気がした。
思えば、あいつのいないパーティは大してやることもなく、少しの楽しさに欠けた。
ベッドの下に潜り身をかがめる。先程言われた言葉が反芻された。
『私はあなたに恋をしたの』
暗闇の中、みんなのはしゃぐ足元だけが見える。
喧騒という陽気な音楽は今日だけは、少し悲しく聞こえた。
4
夜が更ける、今日も1日が終わり、そして俺たちの1日が始まっていく。
いつも俺たちを見守る明るいお月様は雲に閉ざされ、少し悲しげに窓の外は冷たい雨が降る。
毎度毎度丁寧におもちゃをしまう主人の少女だが、今日は遊びの最中にそのまま寝てしまった。両手にはおれと彼女を抱えたまま、すやすやと気持ちよさそうに目を瞑っている。
おいおいまいった、今日はこのままかい。
面倒に頭を悩ませていると、バタンと扉が開き、母親が姿を見せた。
「あらあら、おもちゃも片付けないで、あったかくしないと風邪ひくよ〜。」
むにゃむにゃと起きる様子のない少女にみかね、母親はぎゅーっと体を抱き寄せる。
「今日は一緒に寝よっか。ねえ〜。」
ぽんぽんと肩をさすりながら、そのまま持ち上げ部屋を出て行く。
バタンッ。
ベッドに取り残されたおれと彼女。
お決まりの合図を放つ前に、少し悩み、彼女に近づいてみた。
何を話そうなんて気はなくて、ただ、あんなことがあった次の日だ、何の気もなしに踊り明かそうなんてのは、少し心がくすぐったくなってしまう。
リビングへと進む母親の足音を確認して、ベッドの上で横たわる彼女にそっと声をかけてみた。
「よう、さっきは災難だったな。今日はなにして遊ぼうか。」
「なあ。」
「どうしたんだよ。」
返事のしないその身体に蘇るのは、同じベッドで手を繋いだままのあの2人の光景だった。
重なる。
昨日の行動から少し嫌な予感がしていた。
焦りが身体を駆け巡るのにそう時間はかからなかった。
「おい。」
「やめてくれよ。」
「おい!!!!」
激しさを纏う気配に、周りがカタカタと動き出す。
ベッド上の混乱が外部にまで広がった。
彼女の意識は失われていた。
「おい!!!」
いつからだ。
「なあ!!!」
昨日と一体なにが違うんだ。
「昨日はあんなにたくさん話しかけてくれたじゃねえか!!なにがあったっていうんだよ!」
昨夜の彼女の言葉を振り返る。
「おやすみ」と悲しそうに告げる彼女。
おぼつかないその歩み。
手を繋ぐ2人
そして彼女の言葉が重なる
『私はあなたに恋をしたの』
「恋...」
こんな体じゃ涙なんて出やしないのに、視界が霞むようだった。
君を失った今、おれは誰のために踊ればいい。
胸の奥の方が痛い。なのに言葉にできない。
大切なものは失って、ようやく気づく。
皮肉なことに終わってからじゃないとなにもわからない、おれたちは期限をつけられてやっとその大切さを知るんだ。
ああそうか、
おれも
彼女に恋をしていたんだ。
霞んだ視界は涙なんかではなく、朦朧とする意識のせいだった。
おれらに絡みつく定めは顔を覗かせ、ひどく残酷なタイミングでその知らせを連れてくる。
おもちゃは恋をすると、どうやら死んでしまうようだ。
『この身体が壊れても、たとえ、死んでしまったとしても、君がわたしの手をとってくれるなら、死ぬことも構わない。』
『死ぬだなんて、、大袈裟だぜっへへ』
「大袈裟でもなんでもないじゃないか...」
足元が震え、力が入らない。支えきれなくなった身体をベッドに預け、隣にいる彼女を見つめた。
朦朧とする意識の中、目線は時間をかけゆっくりと、彼女の右手へと向かう。
「今なら、まだ間に合うかな。」
繋ぎ慣れたその右手に手を伸ばした。
シーツに触れる手のその心地よさも薄れて、視界は暗闇と相まってほとんど見えていない。
届きそうで届かなさそうなその距離に、力なく腕をベッドに落とした。
風が窓を叩く。
夜明け前、窓の外は冷たい雨が降っている。
あとがき
今回のメッセージは「誰かを好きになるってそれだけで素敵なことじゃないかな」ってことです。僕らは恋なんていうものにかまけて、自らを悲劇の主人公に仕立て上げようとします。たしかに好きがゆえの辛さというものもあるし、21年しか生きていない私なんぞの恋愛経験ではわからない苦しさもあると思います。ただ、好きな人がいるがゆえの、幸せがあることもまた事実だと思います。好きという感情を持つことを許されない世界を描くことで、今の自分たちの小さな、本当に小さなそばにある幸せに気づけたらと思いこれを描きました。
次回もお楽しみに。
ありがとうございました。
ちなみに最初に出てきた意識のない水色の象のぬいぐるみ
あれは僕の家で飼っている
「御曹司」って名前の象さんです🐘
可愛いでしょ
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