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「世界週末時計」



※この小説はブランド「gallemy(ギャレミー)」によるtシャツ

「Doomsday Clock Tee」のコンセプト小説になっております。

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【世界終末時計】(せかいしゅうまつとけい、英語: Doomsday clock)

人類が滅亡する「地球最後の日」を午前零時とし、それまでの残り時間を象徴的に示す時計。一般的に時計の45分から正時までの部分を切り出した絵で表される。「運命の日」の時計あるいは単に終末時計ともいう。


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1

 昨日買ったプリン食べなきゃ。2話目で止まってるドラマの続きを見なきゃ。憧れの下北沢にはまだ行ったことないし。そういえば今週のジャンプまだ見てないもんな。
 この程度の死ねない理由ならいくらでもあるのに、生きていたい理由なんて1つもなかったんだ。昭和あがりのオトナの話にはいつだって見せかけの夢に諦めが見え隠れする。平凡で怠惰な16年間から生きてる意味を探そうとしたとき、それを探している自分だから、この今であることに平成なりの諦めを覚えた。振り返った時、そんなはずはなかったと偽りの輝きを増して、それを我々は青春だったなんてダサい言葉で納得させる。
 そんな16年間で、君が初めてなんだ。安い言葉を使ってもいいのなら、そうだな、君が私の生きがいなんだ。

 駅から徒歩7分、近からず遠くもないその距離しか長所を見出せなかったような高校に入った。入学前にSNSで繋がるのが今どきのセオリーで、会ってからのギャップにどう対処してよいものか、全世界のFJKなるものが悩み絶えないころ、君を見かけた。

 一目惚れだった。瞳が印象的、声がやけに低い。伸びきらない襟足が可愛くて、全然笑わないくせに目だけはずっと優しい。コード付きのイヤホンをずっと使う変なこだわりも、全部がカッコ良かった。

 アドバイスなんてものは大体が無責任で、正解なんてない問いに自分の正解を押しつけてとんだドヤ顔してやがるんだから、過去の私にドロップキックでも喰らわしてやりたい。
「告ればいいやん!」
 無理に決まっている。
「好きって言っちゃいなよ!」
 無理だ。
「話しかけたらいいじゃん!」
 絶対に無理。
「家までついていっちゃいなよ」
 いやそれはただの犯罪だ。

 命を運ぶってことが運命なんだとしたら、私の行く道を真っ直ぐに君へと今つないで欲しい。
 恥ずかしさと勇気が喧嘩して、辛うじて勇気が勝ったところ、タイミングという悪魔が殺しにかかってくる。
 羞恥心と度胸が殴り合って、羞恥心がベルトを巻いたところ、タイミングという天使は手を差し伸べてくる。
 そんなこんながあれこれして、ようやく繋がったんだこの出会いが。隣にはいつもあなたがいてくれて、ようやく、ようやく思えたんだ。君がいることで、“生きていたい”って。
 それでも、やっぱり、最後は悪魔が勝つってこの世の原理。
 運命とやらは意地悪だ。生きがいを見つけた途端に殺すんだから。

 16歳の夏、私は死んだ。
 これは私の死後の物語。




2

 死んだらどこへ行くのだろうか。天国という存在に甚だ疑問を抱いていた私は、Google先生に答えを求めたことがある。返ってきたのはオカルトじみた答えのみで、Google先生も自ら頭を傾げるような解答だった。
 正確には天国は神の住う国を指すようで、私たちがイメージしたお花畑の天国とは「極楽」の意が近しいらしい。
 では私が今いるこの場所はどこなのだろうか。

 真っ暗な空間の最後列。規則正しく整列させられているところで私は意識を取り戻した。約1メートルおきに離れ、前後に並んだ夥しい数の人間。人気アトラクションは、タワーオブテラーの順番待ちかよ、と突っ込みたくなる気持ちを抑え、私はシリキウトゥンドゥを待った。間違えた、時が経つのを待った。ただ夢の国と違う点といえば、意のままに手足を動かせず、意のままに口を開くことができないところだ。

 刹那、暗い空間から突如目の前が光り、全員の視線が斜め上を向いた。大胆な登場で現れたのは、大きさ約30センチ、二頭身の偶像のような体にどこかの民族のような刺青が入っている。小動物のように少し長い耳を2つ左右に携え、悪魔のように大きな口、尖った歯。右手には槍のようなハンマーのようなものを持ち、鋭い目で我々を睨みつけている。これじゃあまるで。。

「いやシリキウトゥンドゥやん!」

 下手な関西弁と同じタイミングで口と体の動きが解かれたようだ。大勢がこちらを振り向くそぶりを見ると、皆も同じように動けるらしい。やはりタイミングは悪魔である。ここがどこかはわからないが早速浮いた。これが高校1年の4月だったら3年間を台無しにする1発だぞ。
 鋭い眼差しで、高い位置から睨みつけるエセシリキさんに、うまい具合で目を背向け続けていた。
 お手元のハンマーを右肩に担ぎ、左手を差し伸べるように前に突き出す。偶像なのか人間なのかわからない風貌でエセシリキさんは話し始めた。

「さあ、お前の罪を数えよう!」

 外面とは裏腹に、やけに高い声のポップな口調が耳に響く。
 気まずさと空気の平行線上で、言葉の核心を誰しもが理解していない様子だった。すべったことを自負したのか咳払いを混じえ、今度はずいぶん真面目な口調でエセシリキさんは続ける。
「えー、ここは死後の世界。人間界から命を落とした者の魂がこちらへと運ばれる。今いるここはいわば、人間界とあの世の狭間と言えよう。君らの死んだわけに私は微塵の興味も持たないが、死だけが救いだと思うな。次なる人生の始まりだと思え。そのスタートラインを今から決める。さあ、お前の罪を数えよう。人間界での行い全てで、天国行きか地獄行きを決める。」
 一気に詰め込まれた内容に誰しもが声を失った。青ざめ、頭を抱える野暮ったい男性。両手をギュッと握りしめ、祈り捧げる老女。泣きわめき、ただひたすらに母親の名を叫ぶ少女。
 しかし、私1人が冷静だった。そんな気がしていた。天国と地獄、第二の人生のスタートラインが前世の行いで決まるのであれば人間界における犯罪数はもっと減るだろう。保守的な我々日本人にはもってこいの考えだ。
 ふと、やんちゃばかりしていた愛しの人を思い浮かべた。そんなことを伝えに行ってもあのやけに低い声で私をからかってくれるのだろう。そうだ、私は死んだのだ。天国も地獄も第二の人生もいらない。彼がいないのならここは地獄よりも地獄だ。私を悲しんでくれているかな、今なお私の名を呼んでくれているだろうか。死をもってしても語られる自らのエゴに反吐が出る。人間の60%が水でできているとして、今の私は何%が彼でできているのだろうか。彼をなくした今、私はもう私ではないのだろう。それほどに彼という存在で私が出来上がっていた。
 あたりには叫びや呻き声がまき散らされている。

 暗い部屋の中、虚な瞳のまま乾いた涙を握りしめる。

 気がつくと再度、体の動きが封じられていた。一寸の狂いもなく精密に整列させられた人間らは、1人ずつエセシリキのそびえる下手に立たされた。天国と地獄への判決が言い渡される。
 順番の1番最後にいた私はゆっくりとその時を待つ。優等生を自負していた私は自らに下される判決は大方予想できていたものの、先程すでにこの空間にて罪と呼べるほどの行為を犯してしまったためにシリキさんの前に立つことにそれとは別の恐怖を抱いていた。
 私の番になると待っていたかのような顔で、食い気味にシリキさんは話し出す。
「お前が最後か、先程は呑気なもんだな」
「へへ。。まあ。。。」
 頭をかきながら愛想笑いを浮かべることしかできない。目線も合わせずに答えると、シリキさんは右肩にハンマーを担ぎ、左手を差し伸べ、お決まりの定型文で切り出す。
「さあお前の罪を数えよう。お前は....前世に罪と呼べるのものは何もないようだ。」

 行き先のない間に、いたたまれなくなって目を向けると、シリキさんの優しい表情が見えた。

「天国行きだよ。」

 とても静かな神経を慰撫するような声に、ようやく安堵の胸をなでおろし、目を合わせ少しだけ小さく笑った。



 案内された方を見ると、茶色く古びた箱型の乗り物、レトロなんて言葉がお似合いの、人間界でいうエレベーターのようなそれがあった。天国へのアクセスツールが科学技術いっぱいのエレベーターだなんて、どんなロマンの教科書も見当がつかないだろう。ロマンなんてのは神秘性を追求した精神主義に過ぎず、いつだって語られる真実は少しだけダサい。

 超ロマン昇降機へと歩みを進めると後ろの方で、壁に向かって手を合わせ祈っているのようなシリキさんの姿が見えた。先ほど見せた優しい表情でも鋭い目つきでもない、少し哀しげな相好、気遣いと興味の間で興味が先行し、思わず声をかける。

「あの...」

 私がもういないと思ったのかシリキさんは驚いて、ちょっとだけ恥ずかしそうにこちらを見た。

「シリキさんは行かないんですか??」

「ああちょっとな...先に行ってろ」

 シリキさんの祈っていた方を見ると、先程は大きすぎて確認できなかったのだが、巨大な時計が飾られている。おかしなことに45分から正時までの部分のみに黒点が刻まれておりその針も止まっているようだ

「あの...これは??」

 見られたくないものを見られてしまったような反応を示したシリキさんは、誤魔化した顔のままゴニョゴニョと言葉にならない言葉を発しては、何かを諦めた顔で口を開いた。

「世界終末時計。って知ってるか?」

「...なんとなく。0時の針をさす瞬間に世界が終わるって言われてる。でもあれは実在するじゃなくて、飾りというか、仮想的なものなんじゃ。。」

「実在するんだよ。これがそう。」

 指をさし、捨てるように言葉を吐いた。指し示された方向を見上げても、思ってもなかった大きさにそれが世界終末時計である見当もつかなかった。
 呆気にとられ、声を出せずにいる私にお構いなくシリキさんは続ける。

「ここはあの世と人間界の狭間だっていったろ?その2つの世界を支えているのがこの世界終末時計、だからここに存在してる。この針が12:00を指すとき両世界は終わる。死なんかじゃ語れないぜ。何もなくなるんだ。終わり、『終末』だからな。」

 首を限界まで傾け、上を見上げると、時計の針は11:55を指している。針は動いていないようだが、残り5分で世界が終わることを意味しているのか。
 隣では、話してしまったことへの罪悪感をポケットにしまい、なんともないとした顔でじっと時計を見つめている。
 一気に詰められた情報に様々な疑問が頭をよぎる。そして理解が頭を抜き去った時、人間は笑い出す。呆れたように諭すように、少しだけ茶化したように、呟いた。

「針が動いてないんだから、もうこれ動かないんじゃないですか〜??ははっ、それか元々動いてないのかな、これじゃ世界なんて終わるわけないですよお〜。」

 的外れな意見は、もともとなかったように空気に溶けた。シリキさんの真剣な眼差しに次第に苦笑いに変わり、笑えなくなっていた。

「時計よりももっと上だ、みてみろ」

 背伸びをし、首を限界より向こう側に上げ、3秒しか持たないようなバランス感覚の中、見えたのは何やら人、女性が描かれた絵画であった。画風を見るに少し昔、50年以上前のものであろう。
 ギリギリのバランスから後ろにのけぞったところ、なんとか足裏を重力に従わせる。

「あれは??」

 ここまですらすらと言葉を発してきたシリキさんは初めて口を堅くした。話してはならないというよりは、話すこと自体が苦しい様子だ。先ほどに比べ口を細く開き、心なしか小さな声を発した。

「世界終末時計はな、命を喰らって生きてる。生贄となる人の残りの寿命を捧げて、その分の針を止めてるんだ。」

「じゃああの女性は..」

「そう、あいつが生贄になったんだ。」

 『あいつ』という親しみある表現に少しの違和感を覚えたが、今度は気遣いが先行したよう。何も言わずにただ隣を見つめた。

「今から約50年前、あいつが生贄にされたことにより、世界は今日も生きている。」

 突然に世界の仕組みを語られ、驚きが絶えないところだが、シリキさんのやけに真面目な顔に何を言うにも野暮に感じられた。返す言葉もないまま、時間だけは過ぎようとしている。何か物思いにふけっていたシリキさんに、16年しか生きていない私の辞書にはかける言葉は見当たらなかった。

「じゃあ先に行きますね。」とだけ呟く。

 シリキさんも小さくうなずいた。

 エレベーターに乗る最中、遠くなったシリキさんを見つめる。まっすぐ顔を上げ、絵の女性を眺めるその横顔は、どこか愛する者を見守る姿のようであった。



3

 騒がしいあかりに目を覚ます。蝶が飛び交い、虹色になびく花に止まる。静かな海と、輝く緑、それを駆ける子供たちの笑い声。どこまでも続く空に、天使の歌声が響き、安らかな時の中、もう1度ゆっくりと目を閉じる。ここは天国、この穏やかさが続く頃、私の第二の人生はゆっくりと終焉を迎えるのであった。


 はずだった。ここは天国、のはず。天国の概念は銀河系共通のものだろう。誰かここに宇宙人を連れてきてみろ。この景色を見せて天国と呼ぶ奴を呼んでこい。氷水につけて塩漬けにしてやる。一生夏風邪にでもうなされていればいい。
 さてここは天国。あたりを見渡すと溢れんばかりの白。途方もない広さにどこまでも続く白。上を見上げてみてもとどまること知らない白。それはまるでドラゴンボールは精神と時の部屋さながらであった。イメージしていた天国とは大きくかけ離れ、「無」こそが正しいワードに感じた。

 男は白いtシャツに白い長ズボン、女は白いワンピースを纏う。どんな人間が着ることを想定したのか、皆の着るそれは私含め、一様にサイズ感のはきちがえた緩くだらしない格好である。

 この天国は何か次元の高い話をしているのだろうか。かの有名な哲学者ソクラテスは「簡単すぎる人生に、生きる価値などない。」と残した。なるほど、無から生み出すものにこそ人生が詰まってるってか、実に哲学らしい。つまるところ凡人には理解不能である。天国がこんななら地獄は一体どんな場所だろうか。どの人間のどの人生にも、またどの天国にも人には人の地獄が存在するらしい。


「こんな何もない場所にだって彼がいてくれさえすれば」

 無駄だと、それを考えないようにした時、それは考えると同じことで、自分で思っているよりも自分という存在は脆く儚く、そして弱い。
 愛の最終確認、そして決断、結婚式の誓いではこんな言葉が並べられる。
「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」と。
 同じときを過ごすことが前提とされるのがこの愛なる最終確認。同じ時を過ごすことが許されぬ今の私には、愛を決断することさえも愚かなものなのだろうか。
 不毛な考えを脳内に満たしては、空虚に襲われイヤなくらいに真っ白なこの空間で眠りにつく。

 君のために、私には今何ができるのだろうか。


 温度も感じられぬこの空間で、ポカポカとうたた寝なんて人間界の名残で感じでいたころ、シリキさんがエレベーターから上がってくるのが見えた。
 人間界とこちらをつなぐ暗い狭間で罪を数える番人は、空いた時間で天国と地獄を行き来しているらしい。聞いた話によるとシリキさんはここに来て、自ら番人を名乗り出たようだ。天国とも地獄ともないあの暗闇で一体何にこだわるのだろうか。

「おお」

 こちらを見つけご自慢のハンマーを担ぐシリキさん。私はテキトーな相槌を打ちながら、そちらに足を運んだ。

「様になってるなそのワンピース。慣れたかこの空間には。」

「....ぼっちぼちですね。へへ..」

 世界の秘密を知って以来、初めて会うシリキさんに、時計の女性は...なんて口にできるほどの無遠慮さをありがたいことに持ち合わせておらず、テキトーな話でその場を過ごした。今日も鋭い目つきで、時折優しい顔を見せ、その場を後にする。

「じゃあな、ここにゃ慣れるのに時間がかかるだろうが、まあ頑張れ」

 やさしく踏み出すその後ろ姿に、重たい過去という荷物を背負った背中が見えた気がした。


 シリキさんが歩き始めると、地面がやや動き始めた、気がした。

 バランスを崩したシリキさんはハンマーを落とし、一歩だけよろめいてその場に立ち止まる。大陸なんて概念のないであろうこんなところでも地震が起こるのかと呑気なことを私は考えていた。
 じっと留まり、全く動く様子のないシリキさんの異変を覚える。
「どうかしましたか?」
 駆け寄ると、こわばった顔に焦りを混ぜ合わせていた。絶望と衝戟の狭間で何かを疑うような、信じがたいと言う目だ。
 人は理解が頭を追い越したとき笑みを浮かべる。絶望の中で狂気的な笑みを浮かべたシリキさんの口元は微かに震えていた。


 瞬間、



 濁点まみれの大きな音を立て、地が激しく揺れる。迷子のハンマーが宙に舞い、重力に逆らう。水平が垂直と交じり、地の平衡を失った人間は壁に打ち付けられ、転げ、回り、泣き叫び、混沌にまみれ、何もできずにただしがみつくのみだ。
 果てしなく続く白の中で、人はその時誰も無力だった。轟音を重ね、揺れる世界から、小さく時計の針が進む音がした。
 最悪の事態と頭がリンクし、目でシリキさんを探すとその体はエレベーターに走り出している。立つのもやっとのこの世界で這いずり、転げ、まわりながらその体を追いかける。
 頭にはどうしてもシリキさんの言葉が思い浮かぶ。

「この針が12:00を指すとき両世界は終わる。死なんかじゃ語れないぜ。何もなくなるんだ。終わり、『終末』だからな。」

 彼が...彼が居なくなってしまう...

 シリキさんの乗った昇降機に飛び乗り、喧騒の中、互いに息を切らし、目を合わせた。
 世界が終わる...

 世界が終わるまであと4分。






4

 世界だとか人類全体だとか、そんな主語の大きな話、わたしにはわからないんだ。今遠くの国で誰かが産声を上げ、また遠くの国で誰かの声が消えた。そんなことに興味はない、世界がどうなろうと知ったこっちゃない。だけど、君がいなくなるのはごめんだ。だから、急がなきゃ。



 こちらの焦りなどお構いなしに、通常ペースでエレベーターはあの暗闇へと進む。チャリンと到着を告げる合図が鳴り、扉が開く瞬間から半ば強引に身体をひねり出し、同時に私たちは走り出した。

「シリキさん!!!あれ!!!」

 首を限界まで傾げ、指差すそれは確かに動いている。

「こっちにこい!!」

 終わりを告げる針の動きを確認するや否や、エレベーターへと足を戻らせた。何やらエレベーター左横の壁をなれた手つきでゴソゴソと触っている。
 カチッという音と共に、壁だったはずのそれは手前に倒れ、中から上へと続く長い階段が見えた。こんな世界にも隠し扉なんていう昔ながらの小細工が存在したようだ。

「これは?」

「これで時計の裏側まで行く。」

 シリキさんは空を飛び、私は一歩一歩と階段をかけだしていく。足よりも腕が先行するほどに腕を振りまわし、身体を大きく揺らし、飛び出していく。

 階段を駆け上るとそこには異様な光景が広がっていた。だだっ広く、暗い部屋。胸に黒い棒のような、矢のようなものを刺した女性がただ一人、壁を貫いて出た管で背中を繋がれ地から少し浮いているよう。彼女自身に力は入っておらず、腕は垂れ下がっており、管がなければそのまま倒れてしまいそうだ。
 そんな光景を認識するよりも前にシリキさんは走り出し、女性の胸に刺さった矢を急いで抜く。背中の管が徐々に外れ、支えを失った体が倒れ込むところをシリキさんが受け止める。生気の失われた表情、力の入らない身体、シワだらけの細い腕。見てとれる全てが、命の不在を物語っていた。

「おい!!おい!!」

 一方通行の叫び声が虚しく響き渡る。呼んだところで返事のないことがわかっているのに、わかっていてもなお、何度も何度も声をかけては、うなだれ、大粒の涙を流し、力なくその場に沈む。
 きっとこの方がこれまで時計の針を止めてくれていたのだろう。そして今その寿命は尽き、針は再び動き始めた。


 私はゆっくりと二人に近づき、抜かれた黒い矢をそっと拾う。

「これは??」

 拭っても拭ってもとどまることを知らない涙に手を止める。覇気を失った表情に、どこか妙な冷静さが感じられた。つよく、強く、そしてとても弱い声で、なにかを諦めたように口を開く。

「これは時計の針と同じ成分でできてる。生贄はこれを胸に刺すと管が勝手に繋がれて、寿命を吸い取られていく。ただ、もうそんなこと、どうでもいいんだ。世界なんて.....もうこのまま終わればいい。」

「...え?」

「こいつがいない世界ならもう無くなればいいんだ。」

 驚きが先立ち、理解が後を追いかけて、私の頭へと追いついてきた。ずっと人間界とこちらの狭間で、あの暗闇で、あの場所にこだわって番人を続けていた理由がようやく分かった。私にとっての彼と同様に、シリキさんにとってのこの人は何にも代え難い存在であったのだろう。

 薄暗い広がりのなかで、泣き声と、針の音だけがやけに響く。

 静寂を纏う空気に溶け込むように、静かにゆっくり言葉を吐いた。

「シリキさんにとって、その人はさ、大切な人だった?」

 意図の読み取れぬ突然の質問に、俯いた顔を上げ、すり減らした表情でこちらを向く。

「そんなの、当たり前だ。」

「じゃあさ、その人にとってもシリキさんは大切な人だったんじゃないのかな。」

 はっと息をのみ、女性を抱きかかえたまま、全身に少し力が入るのが見えた。何かを思い返すように、うつむき口元を震わせ、少しだけ長い瞬きをする。右目から再びゆっくりと、涙が溢れてきた。
 目線を合わせないまま私は続けた。

「その人はさ、どうして自分を犠牲にしてまで、世界を続けることを選んだんだろうね。どこの誰かも知らない大勢の人のために未来を作っていったのかな。多分、きっとそうじゃない。きっと、変なハンマー持った耳付き悪魔みたいな顔した、大事な人を思って、その人に見せたい未来があって、そのために命を落としてでも未来を作っていったんだよ。」

 静けさ漂う空間で、騒がしく揺れ響く外のどよめき。言葉にならぬ泣き声と混ざり合う。

「そんな人が残してくれた未来を、残された側が『終わればいい』なんて、そんなこと、言ってちゃダメだよ。」

 誰に伝えるでもなく、独り言のように顔を下に向け、ゆっくり、ただゆっくりと、吐き捨てた。

「それにこの人の気持ち今ならわかる気がするなっ!」

 
 無理な陽気さが嫌に響く。

 この部屋に入った時から、いやこの世界の秘密を知らされたあの時から、こうなることを予感していたのかもしれない。

 震えをかき消すように、左手に握った黒い棒に強く力を込めた。

「私だって世界がどうとか、未来がどうとかよくわからないけど、いま人間界で暮らしてる彼には、ただ幸せでいて欲しい。自家発電の恋愛感情で、ただの自己満足だとしても、私は、君を救った私でいたい。私にも、見せたい未来があるんだ。」

 もう片方の手で棒を支え、手前に大きく振りかざし、勢いよく胸にそれを刺す。
 聞き覚えのない鈍く残酷な音を奏で、今小さな声が消えていく。

「え...」

 一瞬何が起こったか理解しかねたシリキさんがか細い声で呟いた。そしてそれは叫び声に変わり耳に響く。

「おまえ!!!」

 朦朧とする意識の中でシリキさんが必死に駆け出してくるのが見えた。ゆっくりと背中に管が触れ、体が起き上がる。
 世界の終わり告げる時計、針は残り100秒を指し、トキを止めた。
 次第に揺れがおさまり、世界は今日も何事もなく、続いていく。
 一生のお願い、とやらはこんなタイミングで使うのが、きっと1番効果的なのだろう。振り絞った力で口を動かし、途切れかけた声で、最期の言葉を吐く。

「もし、もし、彼がここにきたら『遠くでずっと見守ってる』って伝えて。」


 振り返った人生は、どうにも青春なんて曖昧さで片付けるほどの輝きは放っていなかった。ただ16歳のほんの一瞬を、あの瞬間をただずっと愛していたかった。これから腐る程つづいてしまうであろう人生とやらの中で、私は君の何かに、君にとっての誰かになれただろうか。もう一度その低い声で、私の名前を呼んでほしかった。

 朦朧とする意識の中で、君の低く優しい声が今もこだまする。





「さあ、お前の罪を数えよう!」

 やけに高い声のポップな口調が暗闇に響き渡る。恒例のひとすべりを終えたところで、番人は今日も使命を果たす。
 世界の終末を告げる時計は残り100秒を指し、その針はじっとしている。あれから約50年が経とうとしているが、あいも変わらずに流れくる数多の人間に対し天国と地獄を数える。
 本日も一仕事しますかっと、肩に力を入れ、人間の動きを解いたところ、普段と異なる景色に思わず目を止めた。
 眼前より、男が1人、泣きじゃくり、嗚咽を漏らし、うずくまっていた。
その目線は自分よりもさらに奥に向き、限界まで上を見上げている。

 息を整え、涙でかすれながらやけに低い声で呟いた。

「...ずっと、ここにいたんだね。」










あとがき


ここまで読んでくださったみなさま、本当にどうもありがとうございます。この小説は2作目です。前作品中にて亡くなった16歳の女の子に焦点を当てた、アナザーストーリー?的な感じのものでございます。

まだ前作を見ていない方はそちらも見ていただけるととても嬉しいです。

前作と比べ同じような言葉をいくつか重ねました、特徴的だったのは

「きみに見せたい未来がある」

この言葉だと思います。

「きみに見せたい未来がある」、と言って強く生きていくことを選んだ主人公

「きみに見せたい未来がある」、と言って死を選んだ主人公

正反対の行為の裏には、似たような想いが乗せられていたと思います。

そこんとこも注目してくれると嬉しいです。

また作中に、
「ロマンなんてのは神秘性を追求した精神主義に過ぎず、いつだって語られる真実は少しだけダサい。」
なんて言葉があるかと思います。

たしかに、現実はどんな言葉を並べてもうまくいくことの方が少なく、綺麗なものばかりではないです。

ただ作中の登場人物は皆、一途に誰かのことを想っています。現実もそうであって欲しい、そうであったらいいなと願う僕のロマンです。

そんな想いも込めまして、

こんなとこまで読んでくださったあなたに、大きな感謝を伝えたい。

次回もお楽しみにです。

ありがとうございました。







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