「別論」古野まほろ『セーラー服と黙示録』:創作のためのボキャブラ講義24

本日のテーマ

題材

 おとこはそのまま、シガレット・ケースから紙巻き煙草を採り出し火を灯した。すぱあ、と紫煙がヴァーチャル会議室を穿つ。カトリックは堕胎、同性愛は別論、飲酒喫煙にはすこぶる寛容であった。

(PRELUDIO)

意味

別論
 あることと無関係なこと。Aに対し無関係にBであるということ。


解説

作品解説

 探偵学園ものは種々あるが、忘れてはならないのが実はこの作品。舞台は愛知県沖に浮かぶミッションスクール聖アリスガワ女学校。日本国内にあってヴァチカンの支配下、つまり治外法権という特異な学校島を舞台にした探偵学園ものである。

 古野まほろは『天帝のはしたなき果実』で35回メフィスト賞を受賞した作家である。その衒学的で外国語からサブカルチャーまでシームレスに投入される語彙、ミステリでありながら世界観と主要人物の日常に前半のほとんどを費やす大胆な物語展開、そして幻惑的な世界観構築が魅力的な作家である。だが一方で、そんな作家の個性ゆえに少々とっつきにくいというか、不慣れな人には読みにくい作品でもある。

 『セーラー服と黙示録』シリーズは天帝シリーズと同じ世界観ながら、よりコンパクトにまとまっており、なにより探偵学園ものなので天帝シリーズよりはまだとっつきやすいだろう。個人的に好きなのは二作目『背徳のぐるりよざ』、文庫版では『ぐるりよざ殺人事件』とされる作品だ。内容よし、世界観よし、そして表紙のイラストもよしと文句がない。

 まあそれはともかく、探偵という資格が設立された世界を舞台にした探偵学園ものが本作である。その中でも名門優秀なのが聖アリスガワ女学校。ミッションスクールとしての側面もあり神学やラテン語の授業もある。禁欲的で高度な授業を施される前半のドラマから、首席を決める三年生の卒業試験を通し主人公、島津今日子の先輩にあたる二人のお姉さまの対立と葛藤、そして特別試験で起きる殺人事件へと話は進んでいく。

 繰り返すようにミステリでありながら紙幅の前半を学校での日常と試験という事件とは関連の薄い部分で締めるのが特徴だ。だがこの執拗な世界観構築は探偵学園ものを書こうという創作者全員が参考にすべきと言って過言ではない重厚さだ。物語はキリスト教的な空想と陰謀をはらんでいるが、その点は理解が及ばずとも探偵学園ものとして摂取できるエッセンスは多い。

 そんな本作は作者の個性もあって難解な語彙が出ることも多々ある。まあ天帝シリーズよりはマシな気もするけど。慣れただけかな? その中で今回選んだのは普通の語彙。難解な語彙に振り回されて普段分かった気になっている語彙も怪しくなるのなら、まずは足元から固めよう。

言葉の意味を探せ

 さてこの「別論」であるが、検索しても簡単には出てこない。一応以下のリンクにあるように見出すことはできるのだが、あまり直接的な言及でないのは事実だ。

 こういうときどうすればいいのだろうか。教材が小説であることを利用し、物語の展開から意味を確認するのがいいだろう。題材に選んだ箇所はプロローグに当たる場面。聖アリスガワ女学校の校長、タヌキ親父のマクシミリアン古賀が煙草を吸う場面である。キリスト教、特にカトリックにおいて喫煙や飲酒は禁じられていないのか? という点に言及しているわけだ。古賀は校長であると同時に枢機卿という立場なので、世俗っぽい喫煙という行動に対して補足が入っている。

 ここで「別論」の意味するところをまっさらなところから推測してみよう。用法としては「Aは別論としてBは問題ない」というものだ。Aは堕胎、同性愛。Bが喫煙と飲酒である。考えられるAとBの関係性は①「AもBもともに問題ない」か②「Aは問題だがBは問題ではない」のどちらかであると推測される。

 カトリックで堕胎が禁忌なのは常識なのでこの時点で「別論」が構築するABの関係性は②であると分かる。だが作中に根拠を求めることも可能だ。主人公、島津今日子の学友である葉月茉莉衣が三年生の次席であるお姉さま、紙谷伸子との関係に言及される場面がある。この場面で同性愛が基本的に禁忌であるという認識がなされているのが分かるので、やはり「別論」が導くABの関係は②であると分かる。

 なお紙谷伸子は信者だが、彼女は教皇庁が認めているという認識らしい。あくまで島津今日子、裏返せば一般的な認識として同性愛が禁忌であることを前提にした世界観らしいと推察されるので、上記の推測に問題は生じないが。

 物語の舞台が西暦1991年(作中に女学校の設立が19年前の1972年と言及されている)なので同性愛や堕胎に関する認識もこんなもんという側面はある。

作品情報

古野まほろ『セーラー服と黙示録』(KADOKAWA 2015年9月)
※単行本版は2012年12月刊行。


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