「ダモクレス(の剣)」 『ポーラー 狙われた暗殺者』:創作のためのボキャブラ講義29

本日のテーマ

題材

(前社長である父親が集めた骨董品の剣を一通り振り回した後)
「ご覧のように、剣はまさにダモクレス社そのものです。そして……これは中でも特別な剣」
(中略)
「ダモクレス社買収にあたって質問が。御社は現在2900万ドルの負債を抱えていますね」

(本編22分ごろ)

意味

ダモクレスの剣
 シラクサの王ディオニシオス廷臣ダモクレスが王位の幸福を称賛したところ、王が彼を玉座に座らせその頭上に剣を吊るした故事。転じて栄華の中に常に危険が迫っていることのたとえ。


解説

作品解説

 一線を退いた裏稼業の人間が、ひょんなことからまたしても裏稼業に関わる羽目になる。この手の筋書きの作品は元々多いが、特に『ジョン・ウィック』シリーズの影響によってさらに増えたように思われる。作品自体が『ジョン・ウィック』に影響を受けていようといなかろうと、どうしても直線上に並べられ比較されるようになってしまっただろう。

 今回の題材たる『ポーラー 狙われた暗殺者』は工作員を多数雇っている企業、ダモクレス社に焦点が当たる。テーマとなる場面で語られるのはダモクレス社の買収の件。どうやら買収先は2900万ドルの負債がダモクレス社にあり、それがある限りは会社を買わないぞという姿勢。そこに前社長の後を継いだボンボン息子の現社長が黒字化の案を切り出す。

 その案とは、社が雇っている工作員のうち、50歳になって定年退職する者を殺害し退職金を踏み倒そうというもの。話を聞く感じ、最初から退職金の受け取り当人が死ねば支払いはしなくていいという規則らしく、前社長の頃からこうした踏み倒しは視野に入っていたのだろう。

 さてあと二週間で50歳を迎え退職となるマッツ・ミケルセン演じる主人公のヴィズラもその標的に。しかしヴィズラはその世界では「ブラックカイザー」と呼ばれるほどの人物で……。

故事と命名

 古い逸話から取って作中の命名をする、というのは一般的な手法のひとつだ。本作におけるダモクレス社は、まさにダモクレスの剣の逸話から取られ命名されている。栄華に常に危険あり。工作員を抱え派遣する企業らしいネーミングと言えるが、当のボンボン息子自身は、己の頭上に垂らされた剣に気づくことができず、剣とは己が振り回すものだと思っていたようだ。

 こうしたネーミングは世界観を暗喩することにも使われる。卑近な例で言えば『仮面ライダー鎧武』における物語の中心となる企業『ユグドラシル』は北欧神話において世界そのものを体現する大木を意味している。物語全体が「ヘルヘイムの森」やロックシードといった植物モチーフを持っていることや、禁断の果実などの神話的モチーフを持つことから意図的に名付けられているだろう。旧約聖書ではなく北欧神話から取られているのは、あくまでヘルヘイムの森という現象を見る人間側からの命名ゆえのズレ、とも取れる。

 こうしたネーミングの方法を流用し、「作中世界における有名な逸話から名前を取り、世界観を説明する」という手法も取れるだろう。それこそ横溝正史『八つ墓村』などはその例としてわかりやすい。8人の落ち武者云々という話は現実に存在しないが、架空の物語から命名することで強烈に場所と物語を読者に印象付けることができるわけだ。

作品情報

『ポーラー 狙われた暗殺者』(2019年 Netflix配信)


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