禍話リライト【喪中の家】
何がきっかけだったかは憶えていないが、Mは十数年ぶりに地元に帰った。
久々に再会した旧友との酒の席で、小・中学校の同級生が町内会長になっている話を聞かされた。
その町内会長であるCの家が、今飲んでいる店からそう遠くないというのでタクシーで押しかけることにした。
「町内会長なんてすごいね、若いのに」
「過疎化が進んでるから選ばれたんだよ」
Cの家にはいろんな種類の酒が置いてあり、タダ酒だと冗談交じりに盛り上がった。そんな楽しい雰囲気で、その話は切り出された。
「…近所に喪中の家があるんだよ」
「普通じゃん。町内会長だから気ぃ使ったり大変なのか?それとも若くして子供が亡くなったとかなのか?」
「違うんだよ、年中喪中なんだよ…」
「はぁ?意味わかんねぇし」
Cはグラスに残っていた酒をグッと飲み干してから話し始めた。
Cの父親が町内会長をしていた頃からその家はあった。
元々は大家族の家だったらしい。
大病を患う人もいない、ご近所トラブルもない。
祖父母は穏やかな性格で特にボケている訳でもない。
父母も会社やママ友内で問題はなく、子供たちも学校でいじめなどに遭わず平和に過ごしていたという。
華やかな生活ではないが、慎ましくも穏やかで満たされた家庭だった。
とある朝、隣の人が家の前を通ると、その家の玄関に紙が貼ってあった。
【喪中】
紙が貼ってあることは良いが、そのサイズが異様な大きさだった。
しかも葬儀社が用意してくれた印刷物ではなく、字が下手な人間が墨を使って書いたような歪な代物。
不審に思ったその人は、声を掛けながらドアノブを握った。
ドアは鍵が掛かっていなかった。
「Nさん?」
外には車もある、玄関には家族分の靴もあった。
「Nさん、上がらせてもらいますよ?」
日頃から親しい付き合いだったこともあり、気軽に中へ入る。
生活感はそのままに、家族だけが忽然と姿を消していた。
家の中を見て回り、やっと見つけたものがあった。
それは敷布団の横に置かれた、子供用と大人用の喪服だ。
当然警察に届けたが、結局何の進展もないまま今に至る。
一家が突然失踪した”喪中”の家。
そんな家が、この町内にあるのだ。
「いやな家があるな…」
「親父から会長やるように頼まれちゃってどうしようもなくて…怖いんだよ」
「何が怖いんだよ?」
「そこの前を通ると葬式っぽい匂いすんだよ」
「気味悪いな…でも、そんな事ホントにあんのかな?
住んでるお前は日常かも知んないけど、そんなの完全に奇跡体験だよ!」
酒が入っていたせいかMはテンションが上がり、その光景を見ていた当事者のCはドン引きだった。
「どっかのテレビに持ち込んだら採用されたりしてな!
面白そうだから、今からそこ行こうぜ」
どこから見つけたのか、Mの手には使い捨てカメラが握られている。
「まあ…行くくらいだったら……」
Cに道案内を頼み、件の家に到着した。夜も更けて、近所の家もほとんど真っ暗だ。
「今日は線香の匂い、しないな」
「するときはするんだよ」
確かに家のドアには、四隅をテープで止めた紙を剥がしたような紙切れが残っていた。
「確かにこれを見るとどんだけデカい紙に書いたんだよ?って感じだな」
「そうだろ?それにさ、見つかった喪服が全部着物だったんだって」
「それも気持ち悪いな、スーツとかじゃないんだ?」
「葬式で和服って珍しくない?江戸時代じゃないんだからさ」
「そうだよな。葬式がなきゃわざわざ用意しないよな。子供のまで」
遺族の、特に女性が着ているのはたまに見かけるが、男性の和装は大袈裟に見える。身内に着付け教室をやっている人がいるなら別だが……。
そんな会話をしていたら、乗り気じゃなかったCが
「中、入ってみる?」
「え?良いの?」
「良いよ、いいよ」
思えば、その時から彼のノリはおかしかったのだ。しかし、その事に気付くには冷静さを欠いていた。
「そっか、中で撮った方が臨場感が増すしな」
「布団とか、家の中も当時のままだから」
夜のとばりに包まれ、カーテンが閉め切られた家の中。
自分の家ならまだしも、他人の家の中をズンズン進んでいくC 。
「ちょ、ちょっと靴とか脱がないのかよ?」
慌てて靴を脱ぐMを横目に、勝手知ったると言わんばかりに奥へと進み「この部屋が凄い」と言っている。相手が近くに居なかったら、早くしろと急かすものだが今回はそれもない。
Cに追いつき、とある広い和室に差しかかった時─、不意に知った匂いが鼻先をかすめた。それは葬儀の際に焚く焼香の香りだった。
和室を隔てる障子は閉められている。
その匂いをこちらが認識した途端、いままで感じなかった大勢の人の気配がじわじわと溢れ出した。
しかし、どうしても違和感を感じる。
悲しんで啜り泣く声や、男性の咳払いの声、誰かが煙草を吸っている匂いまで認識できるのに、何故か遠いのだ。
目の前にあるのは障子なのだから、もっと人いきれを感じられそうなものだが、まるで壁が間を隔てているように不明瞭だった。
このままではヤバいと、急いで来た道を戻る。この際、奥へ奥へと進んだCには悪いが、MはCを放っておくことにした。
不意に、足を止める。
「………?」
玄関の方から念仏を呟く声が微かにする。
その声が坊さんのなら良かったのだが、聞こえてくるのは女性のものだ。
状況が全く読めないながらも、忍び足で移動を始めた…玄関の主に気付かれないように。
玄関近くまで行くと、奥で探索をしていたはずのCの後ろ姿があった。
壁の横から覗き見ると、遺影らしき額縁を持った喪服の和装女性に、土下座をしながら必死に謝っている。
その間にも、女性から念仏が途切れることはない。
奥の和室からは大勢の啜り泣き、玄関からは念仏という逃げ場のない状況。
行き場を失った時、目についたトイレに隠れた。
便座の蓋に腰かけて、どのくらいそうしていただろう。
「おい、何してんだよ!」
「!!」
「振り返ったら居ないから驚いたよ。大丈夫か?」
突然の声の主はCだった。正気に戻ったのかと安堵していると
「ダメだよ、トイレ入っちゃ」
「ごめん、ごめん。今開けるわ」
まさにドアを開けようとした瞬間─
「ダメだよ、お通夜の席でトイレ行っちゃ。亡くなった人が出てくるぞ」
「....…なに言ってんだお前」
「だからぁ、今、お通夜してるだろ。その最中にトイレ行くと亡くなった人が出てくるって、この地方の迷信なんだよ、だからダメだって」
そう言いながら、Cがトイレのドアノブをガチャガチャ回してこじ開けようとしている。
Mはそれを聞いた瞬間、何かが吹っ切れた。
身体全体でドアを吹き飛ばすかのように思いっきり開けた。
ドアの向こうが、Cだろうと誰だろうとお構いなく突き飛ばし、玄関に向かった。
後ろを確認している余裕はない。
Mは勢いよく家の外に飛び出した。
目を疑った。そこには家の前で座っているCが居た。
「ごめん、やっぱ中入れなかったわ~。どうだった?」
「お前の言ってた通りだったよ!ていうか、お前なんで裸足なんだよ」
「いや、それが…えぇぇ!!?」
Cが答えようとして、突然驚きの声を上げる。
どうやらMの背中側、その家の玄関辺りを見ているようだ。
「なんだよ?これ以上怖いことは止めてくれよ…」
Mが振り向くと、飛び出した時に開け放ったはずの玄関が閉まっている。
その扉に大きな紙が貼ってあった。
今しがた書いたかのように墨が滴る文字で
【喪中】
とだけ書いてあった。
二人は絶叫してその場を逃げ出した。
どうやって帰宅したかは覚えていないが、無事に帰ることはできた。
あとからCに話を聞くと、かなり内容が食い違っていた。
Cは初めから乗り気じゃなく、Mが1人で見てくると言って家の中に入っていったという。
ご丁寧にドアを閉めて中に入り、5~10分しても出てこないから呼びに行こうと思った。
玄関に近づくと、すりガラス越しに人影が見えた。
Mだと思って近付くと、その人影が着物を着ていることに気がついた。
それはどうみても喪服だった。
それに気がついて怖くなり、Cは怯えながら独り外で待っていたという。
「ようやくお前が出てきたと思ったら、今度はあの喪中の紙が貼ってあるからさ…入るか迷っていた時は何も無かったのに…」
「あそこはダメだ…絶対に入っちゃダメだ」
町内会長であるCには申し訳ないが、Mはその家の話には関わらないことにした。
それから、Cと会うときは必ず駅で飲むことにしたという。
あのような面倒事に巻き込まれるのは二度と御免だ。
その場のノリや好奇心で首を突っ込んではいけない程、恐ろしい現象の起こる家が、どこかにあるという。
終
このリライトは、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし、編集したものです。
該当の怪談は2018/02/09放送「震!禍話 第五夜」1:12:10頃~のものです。
参考サイト
禍話 簡易まとめWiki様
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