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禍話リライト【影踏みの女】

とある中学校の図書室にまつわる七不思議のお話。

その学校は、本にバーコードを貼って貸し借りを管理していた。
さながら図書館のような管理体制だったのだが、時々不思議なことが起こるのだという。
バーコードが貼られておらず、何なら書籍ですらないものが、いつのまにか書架に紛れ込んでいる。
それは、スケッチブックだった。
表紙にはタイトルを書きいれるスペースがあり、そこに汚い字で

『影踏み』

と書いてある。
普段は見当たらないのに、ふとした瞬間に現れる。
ある時は百科事典の間に挟まっている。
ある時はライトノベルコーナーに紛れている。
そして、気になって中を見てしまうと良くない事が起こる…。
そんな怖い話が、生徒の間で秘かに囁かれていた。
中を見て、具体的にどうなるかは誰も知らない。
噂が一人歩きをしているような感じだった。
普通、学校の怪談の類では“良くないこと”の詳細が語られるのだが、この話にはそれがない。
その曖昧さが逆にリアルだと、立ち消えることなくずっと伝わってきていた。

Kさんは図書委員だった。
平日の放課後、図書室が閉まる17時まで本の貸し出しを手伝っていた。
彼女はクールな性格で、クラスの男子が虫を捕まえて、女の子を追いかけていたら「止めなよ、もう中学生なんだから」と冷静に注意するような子だった。そんな女子からしたら頼もしい性格なので、友達も多かった。

ある日の放課後、いつもより遅れて図書室を出たKさんは、教室で待っていてくれた友人達と合流した。

「遅かったね~、早く帰ろうぉ」

「最後の1人が時間まで残ってたから、ちょっと遅くなっちゃったんだよね」

「こんな遅くまで図書室にいる人いるんだ?」

高校なら、遅くまで残っていても不思議ではないかもしれないが、中学で時間いっぱいまでいるのは珍しい。
だいたい閉まる1時間前くらいから、図書委員と顧問の先生だけになって片づけを始めたりするものだ。先生が忙しい時などは、施錠まで任されたりもする。
その日Kさんは施錠を任されており、先生は既に職員室へ戻っていた。
しかし、いつもと違って最後まで一人の生徒が残っていたというのだ。

「見慣れない子だったんだけど…。その子がバーコードがないスケッチブックみたいなのを持ってきてさ。時間も無かったから紙に書いて、明日先生に報告すればいいかなと思って貸し出したんだよね」

話を聞いていた女子たちは訝しがった。
例の噂話は本当だったんだ…。
しかし、当のKさんは噂話にいっさい興味がなかったのでキョトンとしていた。
すかさず茶々を入れたのは、意味もなく残っていた男子達だった。

「お前それ、噂の呪いじゃん!」

「そのスケッチブック見たら死ぬんだってよ!」

「ヤバ!まじであったんだな!」

もちろん、元の話に”呪い”や”死ぬ”といった要素はない。
しかし、噂自体がかなり古くからあるため、その掴みどころのなさも手伝って、彼らの中では雪だるま式に大袈裟に誇張されていた。
言い出しっぺのFくんがふざけて言う。

「確か『影踏み』って書いてあるんだったよな?」

「やべぇ、お前呪われるぞ!呪いが移るから近寄るなよ(笑)」

デリカシーのない言葉を繰り返しバカ騒ぎする男子たちと、それを制止する女子たち。
言い合いが始まる中、噂を知らなかったKさんが泣き出してしまった。
いくらクールで物怖じしないとはいえ、彼女も中学生。
こんな仕打ちを受ければ泣いてしまうのも無理はない。

「誰よ!呪われるとかバカなこと言ったの!」

「そうよ、Kさんに謝りなさいよ!」

女子たちの糾弾が、普段泣かないKさんの涙に動揺した男子たちの統率を乱した。

「おい、さすがに呪われるは言い過ぎだから謝れよ」

「うるせーな!」

そう言い捨てて、1人が教室を飛び出していってしまった。
幼稚な男子のなかでも、最も空気が読めないタイプの生徒だった。

「あいつ…連れ戻してくるから待ってて!」

「お、俺も行く!」

冷静になったはいいが、その場の居た堪れなさに逃げるように連れ立って出ていった。
(なんなんだこいつらは)という冷ややかな目で、女子が男子を見送る。


逃げた男子は昇降口で靴を履き替えるところだった。
他の男子が追い付き

「ちょっと待てって!女の子泣かせて逃げるなんて、ダセぇぞ」

「うるせぇな、あんなのただの冷やかしだろ」

「戻ってみんなで謝ろうぜ」

教室に戻る戻らないの押し問答が始まった。

その学校では、こまめに電気を消しましょうという教育が行き届いており、夕闇が差し込む昇降口は照明が消えていて薄暗い。
そんな中、1人が異変に気付いた。

(自分たち以外に誰かいる…)

それぞれの下駄箱に置かれた履き替えに使う簀の子。
並べられた簀の子の奥の方に、背の高い女の子がこちらに背を向けて腰かけていた。
そんな暗い場所に電気も点けず、1人で座っている。
靴ひもを結ぶとか、なにか身じろぎをしていればまだ分かるのだが、微動だにしない。

(なんでこいつ、こんなとこに座ってんだ?)

誰かを待っているにしろ、昇降口を出れば外灯も付いているし、中で待つにしても電気くらい点けててもいいはずだ。
わざわざ薄暗い中、簀の子に腰かけて待つ意味が分からなかった。
制服を着ているから、少なくとも同じ学校の生徒なのは間違いないのだが…。
日が暮れ始め、ますます薄闇はその濃さを増していく。
微動だにしないその女の子の姿が、まるで影のようだった。
その状況の異様さに、騒いでいた男子達も押し黙る。

神様が通った。

そんな表現が当てはまるような沈黙が、その場を支配していた。
その時―

「夕方になってしまったから影踏みは出来ないと言ったのに、Fくんはどうしてもやりたいと言いました。」

どこからか朗読が聞こえてきた。
Fくんとは、教室で影踏みだ、呪いだと騒ぎ、仕舞には逃げ出した彼の名前だ。

((( え? )))

「だけどFくんはどうしても影踏みがしたかったのです。」

落ち着いた声が暗い昇降口に響く。
突然のことで訳が分からず、全員がキョトンとする中、なおも朗読は続く。


「どんどん太陽は沈んでいき、これでは影踏みは出来ません。みんなはこれじゃ影踏み出来ないよ?今日は諦めて帰ろう。また明日やろうと言いました。でもFくんは....…」


いつしか完全に日は傾いて暗くなり、お互いの顔さえ見えにくい程だった。
こちらに背を向けているから断言はできないが、どうやら本か何かを読み上げているらしい。
こんな暗がりの中で、よく読めるなと思っていた。
そしてFくんという名前と影踏みというワード。
嫌でも例のスケッチブックを連想する。
きっとこの子は、あのスケッチブックを朗読しているんだ。
彼らが状況の異様さに気が付き始めた時ー

「まぁ、もう何回も読んでるから憶えてるんだけどね」


今までの朗読口調から、素に戻ったような言い方をした。
それを聞いた瞬間、恐怖が全身を駆け抜けた。
まるで自分たちの心の中を見透かしているような…。
彼らは一目散に、さっきの教室へと取って返した。



いきなり教室になだれ込んでくる男子に、女子が驚いて声をかける。

「ど、どうしたの?」

「なんか、変なのがいる!」

「は?」

「よくわからないけど、ヤバい奴が昇降口にいるんだよ!」

ますます状況がわからない…。
ある女子が、異変に気が付いた。

「あれ?Fくんは?」

辺りを見渡すも、Fくんだけが見当たらない。
無我夢中で逃げてきたので気にしていなかったが、もしかしたら別ルートで逃げたのかもしれない。
あんなどうしようもない奴でも、一応同じクラスの仲間だ。
だんだん心配になり、さすがに探しに行こうかと意見がまとまりだした時、救急車のサイレンが聞こえてきた。
まさかな…とみんなが不安に駆られていると、バタバタと先生が教室に入ってきた。

「お前達、まだ残ってたのか」

まだ完全下校の時間でも、見回りの時間でもないはずなのに慌てている。

「どうしたんですか?」

「Fが校門を出たとこで事故に遭った」

驚いて、みんなで校門に駆けつけると確かに救急車やら、他の先生たちが集まっていた。
Fは幸い大怪我にはならずに済んだらしいが、救急隊員が様子を確認するため担架に寝かされているようだ。
足元をよく見ると、彼は上履きのままだ。
ということは、彼だけは何故か校舎の外に逃げたことになる。
みんなを見捨てて、自分だけ校舎の外へ逃げる姿が思い浮かぶ。
野次馬の声に搔き消されて気が付かなかったが、Fが騒いでいるのがだんだん分かってきた。
彼は隊員の腕を掴んで、さっきから必死に何かを訴えている。

「大丈夫!懐中電灯持ってるから出来る!
懐中電灯持ってるから出来る!」

大声でそう繰り返している。明らかに異常な状態だ。
隊員は転んだときに頭を打ったのかもしれないと、頭部外傷などが無いかチェックし始めた。
頭は大丈夫らしい、と隊員が首を傾げている。
しかし、その場にいた男子だけは血の気が引くのを感じた。
Fが叫んでいるのは、『懐中電灯を持ってるから、影踏みが出来る』という意味だとわかったからだ。
救急車が出発するまでFの声が木霊していた。
あたりはすっかり暗くなっている。
生徒は早々に帰されることになり、恐る恐る昇降口に戻るとさっきの女の子はいなくなっていた。
結局『影踏み』の件や、昇降口の女の子の話は、誰も先生に言わなかった。
Kさんが本を貸し出した生徒と、その女の子が同一人物だったかは分からないままだった。
誰もが確かめる術もなく、その日は解散となった。


次の日、何事もなく登校したFに昨日の放課後のことを聞くと、何も憶えていなかった。
それどころか、放課後教室で喋っていた頃から記憶が曖昧だという。
(あれだけのことをしておいて良い気なものだ)と思いつつ、その後の騒ぎを考えれば無理もないのかもしれない。
本を貸し出したKさんの方はといえば、怪我をしたり、怪異に遭遇したりということはなく、穏やかなものだったそうだ。


昇降口の女の子は、図書委員のKさんを虐めるやつを懲らしめる、ジャスティスゴーストだったのか。
それとも、たとえ噂話でも、茶化したり馬鹿にすると容赦しないという警告だったのだろうか……。


このリライトは、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし、編集したものです。
該当の怪談は2023/09/02放送「禍話インフィニティ 第十一夜」31:30頃~のものです。


参考サイト
禍話 簡易まとめWiki様


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