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禍話リライト【玄関の母子】

これは、Bさんが小学生の頃に友人宅で体験した話。


今でも、あの日の出来事は鮮明に覚えています。
その日も、いつものように友人Sの家でファミコンをしていました。
ふだんは4、5人で遊びに行ってゲームをするのが常でしたが、その日はなぜかSと2人きりでした。
今思えば、その時からすでに変だったのかも…。
たしかマリオ的なゲームをやっていて、敵にやられたら交替するルールで、ふつうに仲良く遊んでいたと思います。
1階にある彼の部屋でゲームを進めていると、トイレに行きたくなりました。

「ちょっとトイレ借りるわ」

「うん、先に進めておく」

人の家のトイレって、緊張しますよね。
何回も行ってるはずなのに、ドキドキしながらトイレへ向かいました。

(あれ?)

1階のトイレに着くと、中に明かりが点いていました。
消し忘れかと思いノブを回すと、中から鍵が掛かっています。
人がいるんだ、と思って慌ててノックをすると、咳払いで応答されました。

(やっぱり入ってるのか…どうしようかな)

我慢できる余力は膀胱に残っておらず、一刻を争う状況で…。

(でもこの家、2階建てだから上にもトイレあるかな)

今まで、2階へ上がったことはありません。
でも我慢も限界で、冷静じゃなかったんでしょうね。
急ぎ足で階段を上り、1階と同じくらいの場所にトイレを発見して最悪の事態は免れました。
安堵しながら用を足していたところ─

トン…トン…

ノックをし慣れていない幼い子供が叩いたような、か細い音がしました。

「は、入ってます」

突然のことにビックリしましたが、慌てて返事をしました。

(電気も点いてるし、勢いよく用も足していたから音もしてたはずなのにな…)

水を流し、手を洗って、そろそろ出るかというタイミングで─

トン…トン…

「いま出ます!出ますから!」

勝手に2階へ上がって、トイレを使ってた後ろめたさもあったので、すぐにトイレのドアを開けました。
外はシン…と静まっていて誰も居ませんでした。

(子どもとはいえ速すぎないか?)

その子の行方が気になりましたが、家主の許可もなく家の中を見て回るのはよろしくないですよね。
腑に落ちないまま1階に降りてゲームをしてた部屋に戻ってみると、Sが変わらずゲームをしています。

「いまトイレ来た?2階のトイレ」

「なんで2階のトイレなんか行くの?」

ゲームをしながら、Sは素っ気なく返してきました。

(勝手に2階へ行ったことを咎められたのかな?)


「1階のトイレ、誰か入ってたから」

「は?何言ってんの?この家、いま俺とお前しかいないよ」

「え、でも…1階のトイレ誰か使ってたし、2階で俺が用足してる時も誰か……」

そう言いながら、開けたままの部屋の入口を振り返りました。
説明しようと、自然とそっちを見たんです。

「…あれ?」

部屋の正面に伸びる廊下の、途中にあるトイレを指さした先、わずかに見える玄関に人影が見えます。
その人は俺たちに声を掛けるでもなく、身じろぎもせずにじっと立っていました。

「なぁ、誰か来てるみたいだぞ。近所の人が回覧板とか持ってきたんじゃないの?」

「2階は物置しかねぇよ」

ゲーム画面から目を離さず、生返事をします。
会話が全く嚙み合っていないんです。
普通、誰か来てると言われたら、せめて玄関の方くらい見てもいいのに、一切見ようとしないのです。

「いやだから、玄関に人がさ」

どんな人が来てるのか確認しようと、玄関が見える位置に移動したんです。
そこには抱っこ紐を使って、背中に子供をおぶった女性が立っていました。
この家によく遊びに来ているから、Sのお母さんでない事はすぐ分かりました。

「ほら、やっぱり誰か来てるよ。回覧板なんじゃないの?」

「いや、違うよ」

そんな会話をしながら、ふと気付いたんです。
Sの家の玄関は、鈴が付いた引き戸だったことに…。
静かに開けたとしても、必ず音がする仕組みでした。
でも、何一つ音はしなかった……そればかりか、いやに静かなんです。
おぶっている子も見るからに幼い感じで…なのにぜんぜん泣いてなくて…。
静かすぎることに気が付いて、そこで初めてゾッとしました。
女性はただ、ボゥっと、何も言わずそこに突っ立っています。

(これは普通じゃない…)

「なぁ…人、来てるって。赤ちゃんおぶった人、隣の人じゃないの?」

「だから2階は物置しかないって言ってんだろ!」

相変わらず話が噛み合いません。
Sは強めの口調で返事をしつつも、なぜか頑なに玄関を見ようとしません。

「は?違っ…わっかんねぇ奴だな!」

強く返されたことに少しムッとしながら、再度玄関を見ました。

(えっ?)

玄関のたたきに居たはずなのに、いつの間にか廊下に上がっていました。
靴を脱ぐ音や、衣擦れの音、ましてや子供がぐずるような声さえも聞こえなかったはずのにです。
しかも先程と同じように、上がったところで微動だにしていません。
その光景が怖くなり、俺は開けっ放しにしていた扉を急いで閉めました。
部屋と廊下を遮るように─。

「え、おい…上がってきちゃったよ……?」

Sは黙々とゲームを進めていて、返事をしてくれません。
そればかりか、こっちを見ようともしないのです。

「え…なぁ……お前さぁ、あの人…誰?知ってる人なの?」
返事をしてくれない事に、しびれを切らして肩を揺さぶりました。
いや、ほとんど叩いたり蹴ったりってレベルだったと思います。
すると、突然─

「だから~2階は最初、子供部屋にして俺の部屋になる予定だったんだけど、使えなくなって物置になってるんだって」

こっちの質問とは明後日の方向の答えばかりするSに、焦りにも似た恐怖が湧いてきました。

「は?そんなこと聞いてねぇよ!いま玄関から人が……!!」

改めてドアの方に向き直ったんです。
その部屋のドアは上半分が磨りガラスになった造りでした。
そのガラスの向こう、ぼんやりと不鮮明な女の顔が透けて見えました。

「お、俺の知らない女の人が、そこまで来てるって!」

「俺だって知らない人だよ!!!」

その直後からの記憶は、ぼんやりとしか残っていません。
靴も履かずに庭へ通じる窓から飛び出して…。
夕方までどうにかして時間を潰して、Sの親が帰ってきた頃合いを見計らって、隙をついてSの家に戻りました。
そして、玄関に脱いであった自分の靴を回収し、簡単に挨拶して自宅に逃げ帰りました。
次の日、学校に行ってもSは何も言いませんでした。
あんな突然飛び出してったのに…不気味ですよね。
他のクラスメイトは以前と変わらずSの家に遊びに行っているみたいでした。
だけど…俺だけは、その日を境にSから遊びの誘いがなくなりました。
あの出来事をキッカケに避けられるようになってしまい、中学に上がると同時に疎遠になっていきました。
何をしているのか…自分でも怖くて確認できないままです…。
今でもあの家で暮らしてるような気がします…。



40代になった今でも、Bさんは時折夢に見るという。
磨りガラスの向こうに音もなく立っている、あの女の顔を─。

「だから、あの日の体験は夢や幻ではなくて、紛れもない現実だったんです」
彼はそう話を締めくくった。

これを読んでいる読者の方も、友人宅でトイレを借りる時はくれぐれも気をつけてほしい…。
ましてや、勝手に2階のトイレを使うなんてことは止めた方が良いかもしれませんね。



このリライトは、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし、編集したものです。
該当の怪談は2020/04/11放送「ザ・禍話 第五夜」13:55頃~のものです。


参考サイト
禍話 簡易まとめWiki様


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