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禍話リライト【猟奇人「洗い供養」】

「怖い話ねぇ…怖いかはわからねぇけどこんな話があったよ」

Aさんは現在50代で、都内で編集の仕事をしている。
怖い話はないかというKさんの問いに対して、怖いかどうかは分からないが、と断った上でAさんはこんな話を始めた。


学生の頃、お金が無かったAさんはボロボロのアパートに住んでいた。
住民も似たり寄ったりで、お金が無さそうな人ばかり。
貧乏人が集まるとなると、若者か年寄りだ。

「そのアパートに変な爺さんがいたんだよ」

80、90くらいだったというその老人は、毎日ぬいぐるみを洗濯して干していたという。しかも10体以上まとめて.......。
ギョッとはするものの、とはいえぬいぐるみである。
話を聞いていたKさんは「少し変ではあるが、考えようによっては和やかな光景ではないか」と口を挟んだ。

「いやいや、ぬいぐるみがそのまんまの姿だったら可愛いかもしれねぇけどな…」

その老人の所有するぬいぐるみは全て手足がボロボロだった。中には頭がもげているのもあって、原形が分からない。
それを素人が無理矢理縫って、中の綿が飛び出さないように取り繕っているような不自然さがあった。
しかも、全部真っ赤なのだ。
そんなぬいぐるみがボロボロのアパートから、10何体もつるされている様を想像してみろとAさんが促す。正直、あまり気持ちがいいものでは無い。
それに、雨の日でも老人の部屋から洗濯機を回す音が聞こえたというのだから、毎日洗濯していたのも言い過ぎではないのだろう。

「じゃあ、ちょっとヤバい人だったんですかね?」

「いや、実際話してみるとそうでもなかったんだよ」


パッと見、普通の老人だし同じアパートに住むご近所さんである。
ある日、アパートの近くの公園でその老人と一緒になった。
そこで、どうして毎日毎日ぬいぐるみを洗っているのか聞いた。
少しボケてるかなって感じはしたのだけど、干してる理由を話してくれた。

「…供養、してやらんといかんからな…」

公園のベンチに腰掛けた老人は、ポツリと言った。

「供養?誰のですか?」

「戦争で南の方に行ってな、仲間がいっぱいおったんや.......。辛かったけどいい奴らでな。でも、俺が年を取ったせいであいつらの顔が思い出せん。思い出せるのは"ああなってるとこ"だけでな」


その時Aさんの脳裏に、吊るされたぬいぐるみ達が浮かんだ。
ベランダに吊るされた、原型を失った真っ赤なぬいぐるみ。
あまり詳しく考えたくはなかったが、戦争という状況下のことだ、おそらく戦死者の遺体を模したものなのだろう。
仲間がそういう姿になっている所を沢山見てきた老人の心中を察し、悪いことを聞いてしまったと思ったAさんは謝った。

「ええんよ、全部俺が悪いんやから。俺もあいつらをああいう風にした側っちゃ側なんやから。一生かけて供養していかんといけんし、俺は地獄に落ちなきゃいかんのよ…」


Aさんは自分の考えが甘かったことを痛感した。
戦争で食料が無くなって仲間が死んだり、自分で手を掛けたりといった惨状を目の当たりにしてきたのだろう。
老人の思いつめた姿から、もしかしたら仲間の遺体を…。
Aさん自身そういった人に出会うのは、これが最初で最後になる経験だった。

時は流れ、Aさんは大学を卒業してそのアパートを出た。
そして社会人になった数年後に、再びそのアパートを訪れたがその時には例の老人は亡くなっていた。
大家に話を聞くと、孤独死した老人の遺体はかなり腐敗していたが、洗いたての、しかし原型を留めていないあのぬいぐるみ達をしっかりと両手に抱いていたという。


生存のために仲間の亡骸を食べる事例は、1970年代頃まで世界各地で起きていた。驚くことに日本でも1944年に"ひかりごけ事件"が起きている。
Kさんは、老人の辿った運命を思うと、果たして猟奇人と呼んでいいものかと逡巡していた。

「…さてはお前、これカニバリズムの話だと思ってるだろ?」

Aさんの質問にKさんは図星をつかれた。

「え?違うんですか?」

「違う、違う。だからお前は一皮むけないんだよ。
それならさ、ぬいぐるみ抱いて死んでるのおかしいだろ?最終的にそういう方向に進んだかもしれないけどさ。つまり俺からすればこれは上田秋成の『青頭巾』って訳だよ」

「…?」

「なんだ青頭巾、知らないのか?簡単に言えば…
とある寺の坊さんが、稚児があまりに美男子だったから男色にはしった。稚児ってのは、寺の雑用をこなしてくれる子供のことだ。その溺愛してた子供が病に罹り、懸命の看病の甲斐なく死んじまう。
坊さんは悲しみの果てに気が狂い、荼毘に付すでも、埋葬するでもなく、生前のように戯れをして、仕舞には肉を食らい鬼人と化す。
そんな坊さんの性根を、禅師が叩き直すって話だ」

「....…え、じゃあその隣に住んでた老人も?」

「おう、ようやく分かったか。そう考えるとじいさんのことも説明がつくだろ?誰か杖で一発殴ってやれば良かったのにな」

そう言ってAさんは嘲るように笑った。



このリライトは、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし、編集したものです。
該当の怪談は2023/09/23放送「禍話インフィニティ 第十二夜」6:15頃~のものです。


参考サイト
禍話 簡易まとめWiki様


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