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からっぽ

割引あり


「悟」
恵美は、悟にかけより、背中に手を当てた。
悟と出会ったのはクラス替えの時、隣の席になってLINEを交換した。
「初めて会ったときから気が合いそうだなって思ってた」
悟はいつでもそう言ってくれる。
恵美は、それでもいつも疑問に思っていた、私と悟の、どこが気が合うんだろう。
悟は几帳面で勉強もそこそこ、部活はなんなりと部活をこなし、趣味は音楽だ。
私は、初めて見たとき、正直なんだこいつ、、って思ったのを覚えている。
悟は言いたいことを、はっきり言う、とてもイラつくやつだった。
こんな風に書き出すとラブコメの出だしのように感じるかもしれないけど、悟と会えなくなった今でも悟はイラつくやつなんだ。

悟の目が好きだった。悟は表情豊かで、除く度色を帯びる。
でも悟、、、

(もっとはやく教えてよ)

授業が終わり、悟との帰り道は公園を横切り、春には春の風、夏には夏の風、秋には秋の風、冬には冬の、、
ブランコで遊ぶ子供、下級生が賑やかで、悟があまり話さないから、私はいつも頑張ってしゃべっていた。

「悟、髪切った?」
「切った」
「似合ってるよ」
「ありがとう」
「今度私が切ってあげようか?」
「やめてくれ」

悟と一緒に帰るのは、部活休みの水曜日だけ。

悟、死ぬならもっとはやく教えてよ。
私は君を追いかけただろう。
だって、生きててもいいことなかった。

家に帰ると、丁寧に整えられたリビングとからっぽになった自分を重ねた。
母は今日も0時まで帰れないらしい、と置き手紙があった。

カーテンはいつも閉まっていたし、誰もいないから、去年死んだ妹の写真と、ラップにかけられた夕飯があるだけだ。

食べる気持ちもしないな、とリュックを下ろして部屋に隠れた。

どうせ、母の帰りは0時だから私が寝てる頃だろう。
母は、起きてると怒るから。

弟が帰ってきた。
「ねーちゃん、ただいま」
「おかえり」
「洗濯まわしとくよ」
「ありがとう」

脱衣所で洗濯機を廻す音が聞こえる。なんだか眠くなってきた。目を閉じたら寝ていた。夢を見た。悟と、一緒に暮らす夢。
悟は将来、どんな仕事に就きたいんだろう?
結婚とか、できるのかな。


2

(悟の家、お母さん入院したらしいね)

学校ではそんな噂が立っていたけど、悟の口から何も聞かなかった私は、悟に聞いていいことか、分からなかった。だからずっと聞けないでいた。悟も、話してはくれなかった。

悟の家に一度だけ行ったことがある。そこで見たのは、cdに溢れた部屋だ。お気に入りのcdがいくつか飾ってあって、大切そうに並べられていた。

悟は、モノを大切にする。

この曲誰の?
become pupa again(もう一度蛹になった)

私はアーティストにはたいして興味がなかったから、悟がなんでその曲が好きなのかを聴いてみた。

希望、と悟は言っていた。

希望を見なきゃ生きてられないほど絶望していた悟は、どんな気持ちで毎日を過ごしていたのだろう。

「初めて会ったときから気が合うと思っていた」

私は、どうして、悟のあの言葉に応えられなかったのだろう。

ねぇ悟、私は今日も話し相手はいない。

君と話したかったことが、胸の奥に溢れて、痛い、雨のように降り止まないから。

手紙を書き続ける。
あの日の悟に手紙を書き続けるだけなんだ。

become pupa again 嘘つき。
この世界に希望なんてないよ。
悟がいなくなった代わりに、私は深い絶望を受け取ったんだ。

私は月なんかと話さないし、星なんかとは話さない。
ただ日常に埋もれて消えていきそうな記憶を何度も思い返し、「もう消えたいよ」って思うまで、悟の言葉を抱きしめた。

みんな、悟がいなくなったことなんて、忘れていく。

教室はまるで知らない時を刻むように機械のように知らない人たちが蠢いていた。


3

悟とデート。
今日はクリスマスだったから、悟と出かける約束をした。雑貨屋まで歩いて、近くのゲームセンターに寄った。

「映画よりは公園だね」
「そう思う」

そのまま、夕方から夜にかけて公園のベンチでずっと話していた私たちは、木陰に隠れて抱きしめ合った。
そのまま転んで落ち葉の中を転がった。
まるで子供みたいに。

「受験、どうするの?」
「オレはいいかな」
「え、じゃあ何するの?」
「大工になる」
「お~そんなヒョロヒョロなのに?」
「おう」

悟は得意げな顔になっていた。だから、傷ついてなかったと言って。

私は悟の細い腕に肩を寄せて、抱きしめてもらっていた気がする。気がついたら、涙が出ていたから、私はすぐに離れた。

どうしてだろう。どうして、抱きしめ返してあげなかったのだろう。

私の嗚咽は止まらない。止まらないから、ヘッドホンでCDを聴いた。
悟の趣味とは違う。私の好きなロック。ロックを聴いているときは、上手く呼吸ができたような気がした。

悟はいつでも家の裏まで送ってくれた。
でもいつからだろう、悟が、執拗にキスを求めてきた。

私は応じた。

それからの私たちに、あの頃のような会話はなかったけど。

4

進級し、悟とは別々のクラスになった。

「別れよう」

悟。上手く聞き取れなくて、もう一度言って、と言ってしまった。

「なんで?」

「他に、好きな人ができた」

階段の裏で悟と話した。
私は嫌だ、と何回も言った。
泣いて、泣いて、もうよくわからなかったけど、
私が泣き止むまで、悟はそばにいてくれた。

「恵美は、オレと似てるから」

そう言って、最後に笑った悟は、学校へ来なくなった。


悟の噂はたくさん回っていた。不良になった。女の子をとっかえひっかえして街を歩いている。
妹の保育園の送り迎えをしている。

私は、どれも心がからっぽで、耳に入らなかったし、胸に届かなかった。

だけど

「ねえ、知ってる?」

登校すると、隣のクラスの子が、階段を駆け下りて、

「悟のこと!」

と言ってきた。

「え、だからなにが?」

「悟死んだ」

一瞬、目が見開いて、凍り付いた。それは、悟死んだ、と軽々しく私に話す目の前の人への怒りと、悟がいなくなったことをその一瞬にして理解してしまった悲しみで、私は聞き返すこともなかった。

ざわめく学校、めまいがする。

悟の死の報告は、朝の朝礼の連絡事項だけだった。

「葬式は済んでいる。みなは忘れて受験に集中するように。」

笑い出してしまいそうだった。
壊れていく自分が分かった。

それから私は学校なんてどうでもよくなった。

悟が、きっとお迎えに来てくれたんだろう。

私は、ある日、倒れた。

5

目が覚めたのは保健室だった。
保健の先生がいる。

「大丈夫?」

大丈夫か、なんて声をかけられたのは、いつぶりだろう。

大丈夫?は悟の口癖だった。

「悟、、、」

呟いた保健室は、保健室独特の匂いを取り戻し、こちらを心配そうに見ている先生の目があった。

「悟くんと、よく歩いてた、恵美ちゃん、、だよね」

胸に刃が刺さった。先生、どうして、そんな言葉を言うの?

私は、呼吸を乱した。

先生は黙って処置をした。過呼吸の処置だ。
袋でゆっくり息を吸う。吐く。

しばらくして、落ち着いたとき、私はある峠を越えたような、平静を取り戻していた。

「そうですけど」
そして、恵美は、言葉を発した。


「悟くん、よくここへ来てたのよ」

私はまた、胸が何かに抉られるように、苦しくなった。

「それで?」

「あなたが、聞くつもりがあるなら、話すよ。」

この人は何を言いだすんだろう。でも久しぶりに聞いた悟の名前に、私は抵抗できなかった。

「ええ」

「悟くんね、あなたとは気が合うってよく言っていた」

言葉を、失っていく。

「恵美は、俺と同じで、不器用だから」

「ええ..」

悟くんね、

私はこの後の言葉が、私にとってとても重要な言葉だと分かったから涙なんか、流れなかった。

「自殺じゃないんだよ」

悟は、もともと長く生きられなかったらしい。

(悟の母が入院した)

家族間ドナー。
他の家族と、悟が決めた。

「俺と、恵美は似てるから」

“恵美のことが心配だよ。“

悟が最後に保健の先生に残した言葉だ。

「他に好きな人ができた」

嘘つき。

大嫌い。イラつく。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。

悟は、一度も自分の話なんかしてくれなかった。

become pupa again

例え君の未来に、僕がいない日がきても、この日々は夢じゃないよ

最後の歌詞が滲む。

10年後

「恵美は俺と似てるから」

悟の言葉の意味について、今でも考える。

「恵美はオレと似てるから」

"一緒に死んで"って言われていたほうがマシだったよ。

悟は言いたいことをハッキリ言う。
でもなんで“その言葉“だけ、言ってくれなかったの。
17歳、少年の、悟の最後のキスが、消えない。

免許の更新
臓器提供 まる。



「周りの景色はどう?恵美」

悟の夢で目が覚めた。

世界とは、なんのことを言うのだろう。
悟と出会うまで、なかった、世界。
悟との1年3か月。

妹や、弟ができて、できた世界

世界に、元々いた、母。

妹が、自殺して、消えた世界。
現れた、悟、
悟が死んで、消えた世界。

10年間、私は妹と、悟の世界の続きを歩いていたような気がする。

刻まれた死の記憶。

母に電話をする。

「元気?体の調子は?」

「大丈夫だから毎日かけてこなくていいよ」

夜9時 「悟へ」 手紙

本日、体調 まる
天気 はれ
星が綺麗 オリオン座


夜10時 親戚の子へ LINE 

「フラフラするなよ」

夜11時 おばあちゃんへ電話

「またあの子が夜フラフラしてる、言っても聞かないからおばあちゃんからも言って」

「わかったよ」


弟へLINE 

「なんかおばあちゃん元気なさそうだったから明日仕事帰り行ってあげて 顔見れば元気になるかも」

「わかったよ」


夜12時

LINE ブロックしちゃった友達たちへ

私はがんばっています。

生きていたら、いつか一緒に楽しいことたくさんしよう。


朝7時

今日も、今日が始まった。


約束

小学生の頃、友達と約束をした。待ち合わせは15時。
友達は来なかった。
中学生の頃友達と約束をした。
ずっと友達。
友達じゃなくなった。
高校生の頃悟と、、、約束した
結婚する

大人になってからみんなと約束をした。絶対会おうね。
絶対はなかった。

深い、深い心の傷が
誰かを壊す前に

からっぽ。

end



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