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コロナ禍における「不要不急」という言葉の罪

こんにちは、日本オーケストラ連盟です。
今回は「日本オーケストラ連盟ニュース vol.105 38ORCHESTRAS」より「不要不急」という言葉についてのコラムをお届けいたします。
感染拡大に伴い聞こえてくるこの言葉。
オーケストラ演奏をお届けする私たちにとっても非常に悩ましい言葉でした。

コロナ禍における「不要不急」という言葉の罪

コロナ禍に襲われる以前、近年台風や集中豪雨を告げる天気予報において「不要不急の外出は避けるように」という言葉が使われはじめ、演奏会を日々営む者にとっては大きな課題となっていました。「不要不急」であるかは一人一人のお客様の判断によります。
告げる方にとっては非常に都合の良い言葉です。責任は個人個人になるわけですから。私たちは演奏会の場を用意し、「不要不急でない」と考えるお客様を待つしかありません。

かつて、「不要不急でないもの」とは、生きていくための水・食料を得ること、体を休めるための安全な場を確保すること、体を守るための衣服を身に付けることなどで、ここまでは多くの人にとって異論の余地はありません。
現代のように生活が豊かになると、この先にある「不要不急でないもの」には極めて多様性があり、ある人にとって「不要不急でないもの」がある人にとっては「不要不急なもの」ということは当然ありえます。

芸術文化に携わる多くの人が、今回コロナ禍にあって、自らが行っている活動が「不要不急」なのかどうか、悩み苦しみました。もちろん「不要不急でないものと」信じて活動していますが、決めるのはお客様です。
この「不要不急」という一見わかりやすそうな言葉を、使う側の方々には今一度その言葉の重さを感じてほしいと思います。

文:桑原 浩(日本オーケストラ連盟)