プロローグ

「お嬢様、今回の依頼はテスラ製薬の調査でございます。」

そう女に話しかけるのはこの屋敷に住む使用人の明智だ。


彼女は両親、とりわけ母の教育により幼い頃から様々な知識、武芸、サバイバル術を叩き込まれていた。

彼女は両親の仕事についてよく知らなかったが、両親とも貿易関係の仕事をしているとだけ教えられていた。2人してよく家を開けることもあったが、明智が面倒を見てくれるし、自分の暮らしがあるのは両親のおかげだと、子供ながらに深く詮索することもなかった。

彼女が高校を卒業し、普通に大学に進学すると、母から「仕事は紹介してあげるから一人で生き抜く力を身につけなさい。」と一方的に伝えられ、半ば強制的に家を追い出されてしまった。母に紹介された仕事は、母の親戚が1人で営む探偵事務所であった。

探偵事務所での仕事は、猫の捜索から浮気調査、要人警護から犯罪絡みの依頼まで様々であった。最初は助手という形で仕事に臨んでいたものの、持ち前の身体能力と機転の良さで単独で仕事を任せてもらえるようになるまでに一年も掛からなかった。

ある日、彼女は明智から両親が数週間戻っていないとの連絡を受ける。仕事で長期間家を開けることがあってもせいぜい3、4日程度だったが、数週間ともなれば両親たちの身に何かが起きているのではないかと悪い予感がしていた。その悪い予感は的中したと言うべきか、両親は今に至るまで帰ってきてはいない。

彼女は両親の失踪の原因を探るべく、探偵事務所で身につけたスキルと、人脈を使い調査を開始した。しかし、そんな彼女を待っていたのは自分の知らない、両親の意外な真実であった。

彼女の両親は貿易関係ではなく、自分と同じ探偵業、と言ってもスパイに近いようなものであり、業界では広く名の知られた夫婦であることがわかった。何でも母親は古くから続くくノ一の家系、父親も同じくスパイの家系であるようだ。なんと明智までもが母親の家系に代々仕えている使用人の家系の者であるのだ。
だが彼女はそのことについて明智を問い詰めるつもりはなかった。彼を信頼していたし、彼が話さないならば、2人の失踪については何も知らないと言うことなのだろうと理解していた。

今思えば幼い頃からの修行とも言える英才教育は両親が彼女に後を継がせるための教育だったのであろうと、彼女は妙に納得した。そのことを知った彼女は、それならばと、両親の基盤を引き継ぎ、仕事の傍、両親失踪の調査をすることを決意する。明智も主人が望んだことならばと、彼女のサポートをすることを決意するのであった。

彼女はこれまでに培った能力で次々と任務をこななした。その仕事の確実さと信頼性から齢19の新進気鋭の女スパイの噂はすぐに広まった。

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