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百マス計算への愚痴とふくしま式(日本語)への感謝

こんにちは。今日は運動会の代休です。

さすがに今年は無理だろうと思っていたら、奇跡的に優勝した

 次女の学校の運動会は数年前まで紅白でしたが、気が付くと4チームに分かれて勝敗を競うようになりました。もうガチもガチ。大人も参加する本気の運動会です。その中で次女&長男チーム、5年連続優勝しました。確率的にこんなことってある?

 これだけ学習系の事ばかり書いていると意外と思われるかもしれませんが、我が家は基本的に頭より体を使う事が得意な一家です(苦手だからこそ今試行錯誤中)。昨年などは、「このチームでは戦えない!運動会出たくない!」と次女が泣いて、母、次女の本気度にビビるという一幕もありました。
 なので勝利にはある程度貢献してるとは思うけど、毎年同チームの誰かの、びっくりするようなミラクルで優勝しております。
 長女は唯一頭脳も担当していて、相手のメンバーの組み合わせを見て、順番や配置を変えたり、ルールをしっかり聞いておいて、相手チームの分かってない子からうまいこと点数を取ったりするというとっても策士な感じ。相手チームが身体能力押しできてくれたおかげで、僅差でしたが今年も総合優勝したのでした。

百マス計算って本当に役に立つの(小2長男)?

 さて、そんな我が家。本日も案の定、学習系の話です。
まず愚痴です。

・・宿題で一度に百マス計算2枚も出すのやめてもらえないかな・・・。

冷静に考えて、計算問題200問解くことになるからね。特にLD傾向のある息子にしたら、引く数と引かれる数が離れて配置されていて、目がウロウロしている間に疲れてしまいます。
表がゲシュタルト崩壊を起こすわけです。
見てるだけで辛そう。いいんだよ。こんなに量の計算する機会ないんだから。筆算が自分で書けて、繰り上がり繰り下がりできたらいいやん!と理解と使える事を重視する(一応算数を仕事としている)母は思いました。

さてどうしようか。
「長男よ、これは母でもしんどい。なのでこれからルール発見ゲームを行います」と厳かに始まったルール発見ゲーム。
「1行目は13を引くんだね。5行目は14だって。何個多く引くとおもう?」
「あ、1!」
「じゃあ~、81-13=68って書いてるやん。これが14ひいたら何になると思う?」
「え、まってうーーーん」
「1分だけ多く引くんやん?じゃあ引いた後の答えは81-13=68とどう違うかな?」
「あ!1減らした67や!」
「よく発見した少年よ!ではこの列はこの後、どうしたらいいか分かるかね?」
「1行目みて、そこから1ひく!」
「グッジョブ。引く数が1つ増えたら、答えが1つ減るってことを発見したね。こういう関係性を理解するのって大事やで。」

「やってみるわ!」ということで、半分位一気に進む一幕がありました。
百マス計算の数字の配置がランダムというハードモードな作りだったので、
残りは筆算に書いて、「適当に暗算して分からなくなるより筆算の仕組み理解して使いこなす方がかっこいいと思うわ」というと、筆算をまず解いて、百マスを埋める事で何とか乗り越えておりました。
 百マス計算したら暗算できるようになる子って多分一部だと思う。
そういうタイプ以外は、筆算して視覚と手を脳を使う方が理解につながるのかもです。

 ゲシュタルト崩壊を起こす宿題は、(その子には)良い宿題とはいえないと思う。ついでに言えば、理解して使えるようになった「手段」は目的のために使う「手段」にした方がいい(文章題で使おうよという意味)。
手段=目的のまんまだと、人は目的を忘れがちだから。

日本語読解の難しさ(小5次女)

 次は次女の問題(国語)。
 日本の「一般はいき物」と「産業はいき物」についての文章でした。
次女は「一般は いきもの」と読みました(なんだよそれ)。でも普段から分からない言葉があっても読み進めて全体でふわっと意味を把握する次女は、そのまま読み進めたため、文章の日本語の意味が全く理解できなくなったということに気が付かず。
「ママ!この文章、意味が全く分からない!手伝って!」とご来店されました。

音読してもらい、最初に一言。
「次女、一般廃棄物と産業廃棄物って何か分かる?」
「分からない」
「単語で意味が分からないものはまず確認しようか」

というところからスタートです。
どう読んでも日本のゴミの処理量と処理方法の話やんか、と思うけど、生き物と思ってたらなんで燃やすの?乾燥?は?埋めるの?虐待?となりますよね。いや、そこ、気が付いてよ・・・。いや、まだ分からないところが分からない状態なんだよな。質問できたことが大きな一歩だよ、と母の心は忙しく乱高下しておりました。

 でも一文要約の練習を応用することで、結局これは何を言いたいのかをつかむことができた次女さん。そこからはサクサク解けていました。最後に文章を絵図化するのを一緒にしたところ、違和感なく構造が理解できていたし、日本のゴミ問題についても知る事ができてよかったです。

 ちなみに適当文章を書いてる今からは想像もできませんが、子どもの頃の私にとって国語は書いている内容(読んだら分かるもの)の内容を確認してくる科目でした。漢字を覚える以外に面倒な事はあまりなかったので、次女の日本語に関わるまで、何が分からないのかを分かってあげられない人間だったのです。
 でも、LD傾向のある息子のサポートも加わり、これはサポーターが必要だと日本語を勉強し始めて数か月。やってよかったふくしま式。次女との日本語学習にかなり役に立っております!。
小学校高学年向けですが、大人がやっても勉強になります。

 車の免許を取った当初は判断がついていた標識も、数十年たつとなんとなく理解して全部覚えて無かったりしますが、それを再度覚えなおして世の中を見る感じ! 1つ1つの意味が分かる!

 そして問題が合っているかあってないかでみていた我が子が、
「結果に対するなぜかを聞く時は原因で、人が何かをする時になぜかを聞くときは理由なんだね」なんて、原因と理由の区別がついた日には小躍りしたくなります。
 今までふわっと単語を認知していて、それでいいやん?細かい事言わなくてもいいでしょ。多少違って何が悪いの?と思っていた次女が、より精密に語彙を区別する必要性を認めてくれたのが本当にうれしい。
 少しずつちょっとずつ日本語が読めるようになってくれたらなぁと思う今日この頃です。

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