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幻のクッキー


2020/02/01 10:54

 私の中に、最高峰として君臨する思い出のクッキーがいくつかあるのですが、いまだに再現できずにいます。



 ひとつは大学時代に親友がくれた、細長い魚の形をしたコーヒー味のクッキー。サクッとほろ苦く、クッキーなのに甘くないのが衝撃で、自分がいつも焼いているクッキーがひどく子供っぽく感じたのでした。今もその話をその友人にするのですが、彼女自身は覚えていないと言うので、再現したくても叶わないというわけです。それは小さな平たい箱にきっちりと敷き詰められていました。今のように百均ショップやアマゾンで気の利いたギフトボックスやラッピンググッズが買える時代ではなかったので、何か別のお菓子が入っていた空き箱だったと思います。だからこそ、何かに使えそうだと彼女が大切に取っておいたとっておきの箱に、ささやかな真心とセンスを感じたものでした。



 次に、20年ほど前に夫の同僚がくださったクッキー。丸くて薄くて、口の中でほろっと溶けるような食感のあれは、ラングドシャだったのでしょうか?夫に、レシピを聞いて欲しいとお願いしていましたが、夫にとっては明らかに興味圏外なため、職場に行くと忘却の彼方。そうこうしているうちにその方は退職されてしまい、これもまた幻のクッキーとなってしまいました。



 それから、子供の小学校のベイクセールに献品されていたレモンクッキー。丸く型抜きされたレモン味のクッキーに、レモンのアイシングが薄く塗られていました。1枚食べたらあまりに美味しくて、ぜんぶ買い占めたい衝動に駆られたほどでした。周囲に「このクッキーは誰が作ったものですか」と聞き回ったのですが、結局わからずじまいでした。『レモンクッキー』、『レモンサブレ』、と検索していくつかレシピを試してみましたが、再現できません。



 最後に、息子のバイオリンの先生が焼いてくれた型抜きクッキー。「ほとんどベーキングはしたことがない」という若い彼女が焼いたそのクッキーは、なるほど形もいびつで焼きムラもありましたが、食べてみてびっくり。歯ごたえも風味も、私が20年かかっていろいろ試しても出せなかったものでした。子供に持ってきてくれたものなのに、私がほとんど1日で食べてしまったほど。先生にレシピを所望したところ、「母から送ってもらったものですが……」と見せてもらったそれは、グラム計量とカップ計量が混在していて、おまけに小麦粉の量は『生地が手にくっつかなくなるぐらい』というアバウトさ。バターが高級なのかしら?ショートニングを混ぜているのかしら?と思えば、冷蔵庫にたまたまあったもので、無塩かどうかも覚えていないとのこと。ビギナーズラックというものだったのでしょうか?



 20年以上も幻のクッキーを探求してきたなんて言うと、さも意識が高いように聞こえますが、実際かなり雑です。焼き加減はちょっと焼きすぎかな?ぐらいの方が好きだし、アイシングのデコレーションなども詰めが甘く、我ながらもうちょっと綺麗にできないかなぁと思いながらも、美しく仕上げようという努力もしていません。食べてしまうのがためらわれるほど可愛らしく美しいクッキーの写真を見るとうっとり見とれてしまいますが、自分で作ろうとは思ったことがありません。作ろうと思っても性格的にも技術的にも無理だとは思いますが、きっと私がクッキーに求めているのは、無造作にナプキンに包んで人にあげられるような素朴さなんだと思います。


モーツァルトとベートーヴェン。いちいち細かい溝に詰まった生地をつまようじで掻き出すのが大変でしたが、差し上げた時の反応を見るのが楽しかったです。

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