engage~黑装の宴~
7話
ミュードリストは人混みの中まるで風のようにすり抜けていた。暗殺術を用いた移動法に観客も一陣の風が吹いたくらいにしか思っていなかった。
(ここで逃してはならない!ここでコロス!!)
普段冷静なミュードリストとは考えられないほどの激高に駆られVIP席まであと少しという所まで来ていた。
「おおっと、悪いがここにあんたの席はねぇぜ?」
VIPまであと数十歩という所でミュードリストを阻む一人の男。
背丈こそミュードリストと変わらないものの、ミュードリストの気配遮断にも気付くあたり強者であると予想できる。
「どけ!!」
「お~こわっ!でもどかねぇってGNADの隊員さんよぉ。」
「パラライズ!!」
ミュードリストは予備動作また、警告もなく自身が得意とする雷魔法を相手に放ち痺れさせようとした。
「あばばばばば!!」
「ふん、死にはしない。痺れるだけだ。」
ミュードリストは倒れた相手から目を離すと今まさに演説をしているゴルドを視界に収めた。
(ここで!コロス!)
「はぁ~あ、パラライズ。」
「がっ!」
気付いた時にはミュードリストは膝を着いていた。今まさに自分が使用した魔法が自身を襲っていたのだ。
「な~かなか使い勝手がいい技じゃんこれ、ま、俺様にとっちゃ肩こり解消にすらならねぇけどな!」
膝を着くミュードリストを見下ろす形で先ほどの男が右手に紫電を走らせながらミュードリストに対峙した。
(雷魔法は確かに僕以外も使えるがパラライズは僕が作った魔法、何故こいつが?)
「リーラー?手伝う?」
「いんや?もうすぐ終わるからオータムちゃんはゴルさんを頼んま!」
「お嬢様に気安く話しかけないでくださいゴミムシが。」
「え、いや、俺が話しかけられたんだが?」
「お前が喋っていいのは虫語だけです。クソムシ」
「段々虫レベル下がってね!?」
おそらくゴルドの護衛らしき仲間が集まってきた時点でミュードリストは次の対処に思考を巡らせていた。
(痺れは取れた。この男もだが後ろの2人も実力者か。刺し違える形になるがすり抜けてゴルドに、)
そんな思考を無視するかのようにミュードリストに野太刀が振り落ちてくる。間一髪で回避したミュードリストは攻撃の相手を視認。どこからか取り出した野太刀を構えた先程の男が不敵な笑みを浮かべていた。
「やっぱり痺れ取れてんじゃねーかよ。こそこそ考えてもここは通さねーって。」
「貴様はあいつがどんな奴かわかっているのか!?」
「ゴルさん?深くまでは知らねーし興味もねぇ。俺が興味あんのはあんたらだよGNADさんよぉ!」
「何ぃ!?」
「現役のクイーンのヤツらがどんなんか見てみれば全員腑抜けじゃねぇかよ。挙句の果てに単身なりふり構わず突っ込んでくるアサシンって!アサシンの意味わかってますか~?」
反論の余地は無かった。
命令無視の単独行動、本来の戦闘スタイルから大きく離れ目立ちすぎる立ち回り、全ては自ら蓋をしてきた感情を爆発させてしまったことによるものだ。
ミュードリストはほんの一瞬男から目を離してしまう。
「ほい、パラライズ!」
「がぁ!」
「ははは!こいつはいい!しばらく使わせてもらうわ!まあまあもうすぐゴルさんの演説も終わって最高のショーが始まるぜ?一緒に見ようや、なあアサシン。」
『であるからにして。我々クルアーンは世界に対して永久的な平和と秩序をもたらす事を宣言します!そこでささやかながら我々からの贈り物を受け取って欲しい!』
ゴルドがそう言い終わるとスタジアム中央、ノワールがいる反対側の入口からモンスターが現れる。しかし様子がおかしい、よく見ると形状も違う。
『これは我々が開発したモンスターと人間の融合体!「ハイヒューマン」だ!我々の未来のために賛同してくれた若者が被験者となりモンスターの力!人間の理性と知恵!二つを併せ持った究極の存在である!この強さを皆に是非見てもらいたい!私からは以上だ。引き続きショーを楽しんでくれたまえ。』
ワアアア!
再び歓声が響き渡る。ゴルドは手を振りながら後方へと下がった。
「おや?これはこれは、ミュードリスト殿下ではございませんか。そんな所で如何されましたかな?」
ゴルドはミュードリストをみるやいなやわざとらしい貴族式挨拶を交えながら声をかけた。
「ゴルド貴様は!」
「おおっと、そういえばもう皇子ではございませんでしたな。国が無くなってしまった訳ですから。はっはっは。」
「コロス!!」
パラライズの呪縛から解き放たれたミュードリストは腕に隠していたブレードを飛び出させゴルドに向かって行った。
「スロウ」
あと数歩という所で急激に体の動きが鈍る。鈍るというより自身の体の動きがまるでスローモーションのようになってしまった。ミュードリストだけでは無い。そこにいた全員の動きが鈍い。
「いや~危なかった危なかった♪獲物横取りされる所だったねリーダー♪」
「でかしたしゃも。」
「やった♪褒められた!今日の晩御飯はハンバーグかな?ビーフシチューかな?イナゴの佃煮かな?」
「あ、相変わらず食の好みのバランス変だよね。」
「トーリッチ!ハンバーグをバカにするなんて!好き嫌いはいけないんだぞ!」
「い、いやそっちじゃなくて、」
ミュードリストの後方から3人の男たちが入ってきた。彼らだけが今この場で普通に動けている。
「めんどくせぇ。GNADもいやがる。おい、ターゲットだけ殺したらずらかるぞ。あんたがゴルドだな?わりぃが死んでくれ。」
3人のうち一人の男性が静かに刀を抜き放つ。
「待・・・て!」
刀を抜いた男性が後ろを振り返ると鈍くなっている中で必死に抗い、殺気を飛ばすミュードリストがいた。
「うっそ!僕の『スロウ』の中で動けるなんてこいつ凄いよリーダー♪」
「ほぅ。なかなかやるじゃねぇか。だが邪魔するやつも排除しなきゃならねぇ。」
ミュードリストに対峙しなおすとそのまま刀を振り下ろす。
ガキィ!
「あぶねぇ!おい!ミュード!どうしたんだよ!」
振り下ろされた刀を受け止めたのはカイルであった。
カイルは事前に発動していた炎舞双剣の片方で受け止め、もう片方を横凪にはらう。それをヒラリと躱すとカイルに向き直る。
「誰だてめぇ。」
「GNADクイーンチーム所属!カイルだ!」
「ん?てめぇ新人か?」
「カイル!そいつとは争うな!」
ひと足遅れてテリンジが到着する。
「ってかどんな状況だよこれ!!」
「テリンジか。ちっ、分が悪ぃ。」
「テリンジ!誰が敵なんだ!」
カイルの指摘通り三者三様出で立ちも違い状況が掴めない。カイルが飛び出たのは仲間の危機を察してだった。
「うわぁっと!!」
そんな中しゃもと呼ばれていた男性の足元に衝撃が走る。どうやら狙撃されたようだ。弾痕が地面にくっきりと残っている。
それにより集中力が切れたのかスロウの効果が切れた。
(この弾道、この距離からの狙撃ならメリーだ!ナイス!)
テリンジがそう考えていると状況が少し変わる。
「ちっ、おい!てめぇらズラかるぞ!」
「おい!夜尊!待て!」
「テリンジ!状況説明ならそこのアサシンに聞きな!俺らは帰る。トーリ、煙幕だ。」
「わ、わかった!」
「俺さんはシャーモス・ハブチャイルドだよ♪新人君♪アサシン君♪また遊ぼうね~!」
闇魔法の一種である煙幕を張られ視界が奪われると3人の気配が消えた。
「ふぅ。危なかった。それではミュードリストさん。我々も退場してもよろしいかな?あぁ、君たちはあれの対応をしなきゃならないかもな~。」
ゴルドが指さす方を見るとスタジアムの中央で異形の存在が観客に向かって咆哮を浴びせていた。今まさに飛びかからんばかりの状態だ。
「待て!」
「ミュード!落ち着け!」
「はっはっは!じゃあなアサシン!あぁ、まだ名乗ってなかったな!俺様はリーラー・ゴライだ!てめぇらGNADよりも優秀な男だよはっはっは!」
「うるさいですゾウリムシ。」
「えっ、これ私も挨拶しなきゃならない流れ?オータム・スカーレットで~す。」
「チオルモ・ソルトです。」
ガアアアアアアア!!!
「ちっ!とりあえずあいつを止めるぞ!おいミュード!」
ゴルドを含む4人は静かに退室する。
その場のテリンジ、カイルはミュードリストを宥めながらスタジアム中央を見る。これから止めなければならない異形の存在を。