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いつだって正直さの前ではひれ伏すことになる

本記事は、米国オレゴン州ポートランドを中心に毎月発行されている日系紙「夕焼け新聞」に連載中のコラム『第8スタジオ』からの転載(加筆含む)です。「1記事」150円~200円。「マガジン購入」は600円の買い切りとなり、お得です(マガジン購入者は過去記事も未来記事もすべて読めます)。ひと月に一度のペースで配信されます。

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本記事は「夕焼け新聞」上で、「ピエール瀧とわたし」というタイトルで既に掲載済みですが、執筆後、担当編集者からいわれた”ある言葉”が心に突き刺さり、note上では後半部分を大幅に加筆しました。

これから書く記事は二段構成となっている。前半は「ピエール瀧とわたし」のコラム、そのあとは編集者の言葉を挟んで、わたしが加筆したもの。大抵の場合、〆切までに記事を書き上げて編集者に送り、反応を待つのだが、今回は温度が全く違った。そのとき言われた言葉は今も胸にこだまして、一生忘れることがなさそうだ。皆さんは読んでみて、どんな感想をお持ちになるだろうか。コラムのあとに追記した加筆部分もあわせてお楽しみ頂ければ幸いです。

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「ピエール瀧とわたし」

わたしの前職は東京にある放送局で、TBSラジオという会社である。数年前まではTBSラジオ&コミュニケーションズというやたらに長ったらしい名前で社員のあいだで不評だった。あるときを境に、シンプルにTBSラジオと改名し、その後はこの名前で落ち着いている。

TBSはかつて「ドラマのTBS」「報道のTBS」といわれていた時代もあるので(ひとたび入社すれば古株社員から耳にタコができるほど聞くのです)(昨今は「ドラマのTBS」という呼称は復権してきたかもしれない)、ラジオとしては知らなくとも、テレビとしてのTBSをご存知の方はいらっしゃるかもしれない。

この会社は、もともとラジオ局としてスタートし、そののちテレビが加わり、ラテ兼営局となった(ラジオのラ、テレビのテですね)。

ちなみに、日テレもフジテレビもテレビ朝日もラテ兼営局ではないので、TBSというのは民間在京キー局のなかでは、一風珍しい会社だともいえるかもしれない。

もっと古くは「東京放送」という名前だった。Tokyo Broadcasting Systemの頭文字をとってTBSである。アメリカにもTBSという名前の放送局があり、その昔びっくりしたものである。

そこから変遷を経て、わたしの就職活動時には(当時の経営者側が経営上よかれと思って)四分社化されており、「(株)TBSエンタテインメント」「(株)TBSライブ」「(株)TBSスポーツ」「(株)TBSラジオ」にわかれ、それぞれの会社が正社員を採用していた。〈㊟当時はTBSラジオ&コミュニケーションズという名だった〉

わたしは労働組合とのいきさつや社内での軋轢など、何も知らない無知で凡庸な大学生だったから「そうか、じゃあ四社うけられるのか、得したな」と思いながら(受ける分だけ内定の確率は上がるだろう)、エントリーシートをTBSに対してだけで四社分したためたのだった。

結果として、TBSラジオに採用され、そこに就職することになる。縁があったのだろう。

内定式も研修も4社一斉におこなわれ、同期は4社あわせて、忘れもしない48人。うちアナウンサー採用は3人(全員女性)。

ラジオ採用は4人だった(男性3名、女性1名)。

4人のうち技術職が2人だったから、わたしと同じ内容で採用された社員はわたしともう一人(男性)の2人だけということになる。2005年の話である。

ところで、ラジオ局で働いていると、毎日のように自社のラジオ番組を聴くことになる。

番組戦略を練っているわけでも(レーティング前など、そういう聴き方をすることもある)、ラジオのヘビーリスナーというわけでもなく、ただ会社全体に(オフィス内にも会議室にも勿論すべてのスタジオにも)、自社の放送を垂れ流しているから、毎日、毎瞬間、否が応でも耳にすることになるのだ。

本人の希望に関わらず、ラジオが文字通り「BGMがわり」の役目を果たしている。

そんなわけで、この番組のこのコーナーのときは「何時何分だ」とわかるようになったりもする(ならない人もいますよ)。

「今日はラジオの気分じゃないな」と思っても、音量をゼロにすることはタブーだから、自分の心が暗いときラジオから明るい笑い声が聞こえてくると、時に苛立つこともあったり、救われることもあったり、さまざまだった。過去の放送や音楽を聴いて仕事したいときには、ヘッドホンやイヤホンをつけて仕事に臨むわけだが、考えてみると非常に自由な職場であると思う(一般の職場は仕事中音楽を聴くことは許されていない気がするがどうだろうか)。

そういうわけで自分の担当番組はもちろん頑張るけれど(我々は聴取率をコンマ1あげるために日夜必死である)、いちリスナーとして「この番組イケてるな」「これ、つまらないな」「この人、めっちゃしゃべれる」という発見に毎日が満ちている。

番組ADや放送作家と会話をしながら、耳ではラジオ番組全体を聴いているという聖徳太子的な耳の使い方も自然に会得した(これができない人はディレクターには向いてない)。

はじまる番組もおわっていく番組も、聴取率がいい番組も悪い番組も(悪い状態が続くと大抵おわるけど)、問題を起こした番組も、多種多様の番組があるけれど、不思議なもので、好きな番組は自然と決まっていく。

そして好きな番組の中で「この人が出てるときは聞き逃したくないな」という気持ちが芽生えるようになる。

わたしの場合、その一人にピエール瀧さんがいた。そう、3月12日夜(日本時間)にコカイン使用の疑いで逮捕された、ミュージシャンで俳優のピエール瀧である。

毎週のようにTBSラジオを訪れるので(生放送だから常に同じ時間に同じスタジオに存在している)、エレベーターで乗り合わせたり、スタジオ前のミーティングルームのソファでスタッフと談笑する彼を見たり、赤坂サカスというTBSの広場でイベントをやるときにも見かけたりなど、ともかくナマの彼も見かけることがそれなりに多いし、今彼が話している言葉そのものを社内のスピーカーを通して「今まさに聞いている」という状況が起きるので、わたしは勝手に親近感を抱いていた。

彼の番組を担当したことはないから、直接のつながりはないけれども、社内ですれ違うときには挨拶をしていた。知らなくもない、でも知っているというには遠い。そういう関係だった。

わたしが気に入っていた番組は、TBSラジオの午後番組『小島慶子キラキラ』で、ピエール瀧さんはそこにフリーアナウンサーの小島慶子さんの木曜パートナーとして出演していた。その後、その番組は突然終了してしまい、後継番組として『赤江珠緒たまむすび』が始まり、多くのパートナーがいれかわるなかで(当たり前だ、番組が完全にかわるのだから)、ピエール瀧さんは引き続き新番組にも起用され、赤江さんの木曜パートナーとして出演していた。

この番組の中で木曜日はいちばんおもしろかったと思う。パーソナリティの赤江さんは木曜日、とてもよく笑っていた。

ピエール瀧さんのおもしろさをわたしがわざわざ書かずとも、それを知っている人は多いと思うので省く。

ゆえに、わたしはこれまでたくさんの芸能人が麻薬使用により突然逮捕されてきたけれども、ピエール瀧さんの逮捕がもっとも衝撃であった。

近所で会えば挨拶する仲の人が、ある日何の前触れもなく逮捕されたこととそれは似ている。

さらに驚いたことに現在51歳の瀧さんはコカインを20代から使用していたことを認めているから、実に30年程度の時間、コカインを使用していたことになる(やめていた時期もあっただろうけど)。

非常にうまくいっている人が突然コカインを始めたなら「なんで?」となるが、それほどまでに長い間麻薬漬けになっていたなら、それは人気が出たからといってある日止められるはずはないだろう。癖というものがなかなか治らないように(わたしの抜毛症のように)。

そしてそれだけ長期にわたって麻薬漬けになっていたのなら、更生への道は想像以上に大変だろうし、そもそも体への影響はいかばかりか、と気になる。だって何十年も使用しているんでしょう??

実際問題、健康状態はどうだったのだろうか。

もしも、麻薬が彼の体内にわかりやすい悪影響を与えていないなら(だって彼は逮捕当日にも奇異な行動は見られず撮影を精力的に仕事をこなしていると報道されている)一体麻薬とはなんだろう、という話にも発展する。発展するのだが、これはわたしのなかでは非常に大きな疑問だが、この疑問を同じように持っている人に今のところ出会っていないので(なぜだ?)、わたしだけが拘泥しているのかもしれない。コカインによって瀧さんの何が壊されたのか、わたしは知りたいのである。

TBSラジオはファミリーみたいな会社なので、瀧さん逮捕が与えたものはあまりにも大きかった。逮捕時わたしは既に離職していたが、それでもわたしはこのニュースを聞いた当初、彼の闇に気付いてあげられなかった自分を悔やんだ(気付ける距離でも関係性でもないのに)。同じ番組のプロデューサーやディレクターならなおさら、この気持ちを抱いたのではないだろうか。

追い詰められているならば、それを緩和する何かを自分は与えられなかったか、とか。薬を止めたい、でも止められない、自分は病気なのに病気だと言えない、そういうものに、たった一人で向き合い続けてきたのか、とか。色々色々妄想した。妄想は簡単に膨らんでゆく。

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