巨人は今回の中田翔選手の移籍を阻止できなかったのか?



はじめに

2023年シーズンまで読売巨人軍に所属していた中田翔選手が中日ドラゴンズへの移籍を決めた。中日ファンの私にとってはたいへん喜ばしいことであるのだが、今回の移籍の方法について多くの人が勘違いしている(かもしれない)であろうことについて触れたい。
それはズバリ今回の移籍については中田翔の意思のみによって行われ、巨人側として対処の方法がなかったという言葉であったり、FA権を行使してではなくオプトアウト権を行使しての移籍という表現だ。契約内容の全てを知っている訳ではないので断定することは難しいのだが、恐らく今回の移籍に際して巨人側もOKを出しているだろう、というのが筆者の考えだ。どういうことか?それを理解するためにいくつか事前知識(単語の意味の定義)の整理から始めよう。
なお、事前知識とは言うもののこれこそがこの記事や今回の移籍の核であるため、知っているルールだと思っていても、読んでいただけるとありがたい。加えて、今回の記事では基本的に日本人選手に対してのルールであることをご理解いただきたい。(外国人選手に関しては規定や実務上の運用が異なる)

事前知識

①保留権

NPBには保留権というものが存在する。選手会のホームページ1.02の記事でも少し触れられているのだが、NPBにおいては基本的に日本人選手は球団の了承なしに移籍することは不可能で、いくつかの例外を除き球団の保留権が認められる強く縛られた契約を締結するものとなっている。ではいくつかの例外とは何か?その答えが次だ。

②NPBにおける自由契約状態とFA状態。MLBにおける自由契約状態とFA状態

いくつかの例外の答えは見出し名にもある「自由契約状態」と「FA状態」である。それぞれ見ていこう。
自由契約状態というのは球団側による公示の一種で、つまり先程の保留権を球団側の選択により手放すことを意味する。なので戦力外通告を受けたり、いわゆるノンテンダーを受けた日本人選手はこの状態になる(※補足 外国人選手には先述の1.02の記事にあるとおり保留権が存在しないため、交渉がまとまらなかった外国人選手もこの状態で公示される)。また今回の中田選手も自由契約状態となった。
球団により保留権を放棄されたため、当然他球団との移籍交渉も可能になり、また交渉に際して後述するFA状態とは違い新規獲得球団から旧所属球団への補償なども必要としないため、選手の立場からすればFA状態よりも移籍しやすいものとなる(日本ハムがノンテンダーなる単語を使用したときもこのような言葉を使っていた。参考)。
先述のように球団の保留権が強いNPBにおいて、まさに何のしがらみもなく他の球団と交渉できる自由契約状態は基本的に球団に何のメリットもなく、故に戦力外通告を受けるような、球団にとって必要とされていない選手が基本的にこれになる。

そしてもう一つの例外がFA状態である。先程の自由契約状態というのはあくまで球団側に選択肢があった訳だが、こちらは選手の権限の元保留権を放棄させ、他球団との交渉を可能にする制度である。ただし、FA権を行使した上での移籍は、旧所属球団に対する補償が認められている(参考)。なおCランクの選手には金銭でも人的でも補償が無いため、実質的に先述の自由契約状態と同義であると言える。対してAランクやBランクの選手に対しては補償があるため、FA権を行使した(しようとしている)選手にとってはこれが足かせになるケースも考え得り、事実昨今では補償の必要がないCランクFA選手の獲得競争が激化するケースも珍しくない。
また、FA権を取得するためには高卒選手では8年、大社卒選手であれば7年以上一軍に登録される必要があり、一度FA権を行使した場合、その後4年間一軍に登録されることで再びFA権が復活する。逆を返せば、少なくとも4年間は(その間に契約が切れていたとしても)球団に確実な保留権が存在するのだ。
今回の記事ではこのFA制度に文句をつけたいわけではなく、少なくとも今回の中田翔選手のケースに関しては、FA権を行使した上での移籍は自由契約状態とは異なり補償が必要となることが重要である。先述したようにこれが移籍の足かせとなる可能性があり、中日スポーツの記事にもそのようなことが書かれている。自然な流れで言えば、球団(巨人)としては補償のあるFAでの移籍か、トレード(最悪無償トレードであったとしても移籍先の球団を巨人側で限定できるため自由契約よりはマシ)を望み、中田翔選手としては移籍のしやすさを考慮し、自由契約状態での移籍を望むのが自然だと言えるだろう。

ここまででNPBにおける保留権及び自由契約状態とFA状態の違いとは何か、分かっていただけたかと思う。③オプトアウトの話をする前に、NPBでは馴染みの薄い概念であることも踏まえ、MLBにおいてこの辺りがどうなっているのかの説明もする。
細かいルールについては割愛するが、基本的にMLBにおいてはメジャーリーグでプレイした期間(26人枠に入っていた期間)が通算で6シーズン分に達するまでは球団が保留権を有する。なお、その期間が3シーズン分を超えたときに選手は年俸調停権を獲得し、年俸調停権を得た選手に対し新たな契約を提示せず保留権を放棄することが本来の意味でのノンテンダーである。
そして、MLBにおいては基本的にFA状態=契約を持たない状態=自由契約状態である。つまり、6シーズン分をメジャーリーグで消費した選手は、その後契約によってのみしか球団に保留権が認められず、移籍に際して旧所属球団への補償は無い(※補足 1選手の生涯キャリアにつき1度のみQOを提示することが可能で、このケースに限り補償が存在する。詳細)。何故MLBのケースを紹介したかというと、③オプトアウトにおいてこれが重要であるからだ。

③オプトアウト

さて、今回の核とも言える話に入ろう。今回の移籍過程を通じて多くの人が目にしたであろう「オプトアウト」についてだ。まずは、MLBにおけるオプトアウトとはどのようなものかを説明する。日本語の記事で言えばBASEBALLKINGの記事スポニチの記事が分かりやすいと思うが、スポニチの記事から引用すれば

 ▼オプトアウト(Opt Out) 「Opt」は決める、選ぶの意味で、自ら選んで契約を途中で放棄すること。

https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/01/20/kiji/K20120120002467270.html

とある。日本語に訳せば「選手権限においての契約破棄」となるだろう。これが非常に重要なのだ。言ってしまえば結んでいた複数年契約をただ単純に破棄するだけ。先程MLBにおいてFA状態=契約を持っていない状態=自由契約状態と示したのにはこれが関係しており、つまりMLBにおいてオプトアウトを行使するということはNPBにおける自由契約状態になることとイコールである。

さて、これまでの事前知識を読んでくださった読者の皆様なら何が言いたいのか分かるかと思うが、即ちNPBにおいては(オプトアウトの意味がMLBと同じであれば)オプトアウト権を行使したとしても、保留権は球団にあるのだ。これまで説明してきた通り、契約を持たない状態が即ちFA状態=自由契約状態のMLBとは異なり、NPBにおいては契約を持たない状態=旧所属球団に保留権がある状態であるからだ。今回の中田翔選手の契約において、この辺りがどうなっていたのかが微妙に不透明であるのだが、それは後述の考察パートにて。ただし少なくとも元来の意味でのオプトアウトに自由契約状態になるという意味は含まれておらず(そもそもMLBにFA状態と自由契約状態の違いがほぼないので当たり前ではあるのだが)、NPBにおいてはそう扱う、とする記事も私の調べる限りでは見当たらなかったため、後述するがその書き方は不穏である。
また、最初に示した「FA権ではなくオプトアウト権行使での移籍」という言葉遣いは明確に誤りであることは分かるであろう。つまり、仮にFA権を行使しての移籍であったとしても、どっちにしても巨人との複数年契約を解除する必要はあるので、オプトアウト権を行使する必要があるからだ。

④任意引退公示

これまで散々保留権保留権と言い続けていたが、とは言っても選手が次年度の契約に対して難色を示し、意地でも契約しないと言った場合、具体的に球団はどのようなアクションをとれるのだろうか。その答えが任意引退公示と年俸調停である。これも非常に大事なルールであるが、年俸調停については今回のケースではあまり関係がないため詳細な説明は割愛する。して任意引退公示であるが、これは近鉄・野茂投手の経緯が分かりやすいだろう。
当時の近鉄バファローズに不満があり、MLBでのプレーを希望していた野茂投手はなんとか近鉄との契約を解除する必要があったが、もちろん近鉄球団として手放すつもりはない。そこで当時の野茂投手の代理人・団野村氏が目をつけたのが「任意引退公示の抜け道」である(参考)
任意引退公示とは選手側に来季以降の契約を結ぶつもりが無いときに球団が取ることのできる処置で、多くの引退選手が基本的にこの公示をもって引退する(他球団でのプレーの可能性を残すため自由契約公示での引退をするケースもある)。現行ルールにおいては、この公示での退団となった場合、向こう3年間は旧所属球団に保留権が認められる。野茂投手のケースでは、この保留権が海外球団に対しては当時無効であったことを利用してMLBに移籍した訳だが、今回の中田翔選手に関しては違う。
ここまで読んでくださった読者の皆様なら、またしても私の言いたいことが分かるだろう。つまり、

「中田翔選手に対して任意引退公示を突きつければ良かったのでは…?」

ということである。オプトアウトまでは、つまり複数年契約の解除までは中田翔選手側の権利であるが、その後退団するにしても、自由契約公示にするか任意引退公示にするかは巨人側(球団側)の権利であるはずなのだ。中田翔選手も報道を読む限りであればプレーしたい、という意思は持っているはずで、こうなるのは当然嫌だろう。であれば、巨人に残る選択をした上で、巨人側が必要としていないと考えるのであれば、自由契約公示よりは幾らかマシな形でトレードだって出来たはずだ(先述のように、仮に無償トレードであったとしても球団側で出す球団を限定できる)。あるいは中田翔選手側にどうしても出たいという意向があれば、「であればオプトアウトした上でFA権を行使して出てください」と言えば良い。推定年俸ベースでの話にはなるが、中田翔選手は巨人ではBランクには位置していたはずで、金銭にするにしても人的補償にするにしても巨人としてはメリットがある。
最悪のケースとして任意引退になるにしても、他球団への戦力流出は防げたはずだ。
では何故そうしなかったのか?ようやく事前知識パートを抜け出し、考察パートへと移る。

考察

ここまでルールを確認した上で巨人側が取り得たはずの選択肢を示したが、では何故そうしなかったのか、ということを私なりにいくつか考えた。abcの3パターン考えたが、私の考えでは、c≧b>aの順番で有り得そうだな、と思っている。

a そもそもNPBにおけるオプトアウトが自由契約とセット説

NPBにおいてオプトアウト権が盛り込まれた契約の例は少ない。当時ダイエーの井口選手や、ソフトバンクの千賀投手が条件付き(井口選手の場合は当時のオーナー代行が辞任した場合、千賀投手の場合はMLBへの移籍の場合)での契約破棄が認められていたが、私の調べた限りでは少なくとも行使にまで至った選手はこの2選手と、中田翔選手だけであったので、イマイチどのような規定になっているのか、そもそも契約用語として存在しており、規定が定められているのか、それとも個別の契約についてその時々に定められているのかも私の調べた限りで記述のあるページはなかった。

b 今回の中田翔選手の契約に自由契約になれる権利まで盛り込まれていた説

正直記事によって書き方が曖昧で、そうともとれる記述もあれば、そう思えないような記述があり、なんなら同じ記事内でもオプトアウトの権利と自由契約になるか否かの扱いが混濁しているようなものもある。いくつか引用しよう。
【盛り込まれていたと読める部分】

今季が3年契約の1年目だが、残りの契約を放棄できる権利が、契約条項に盛り込まれていた。今季は後半戦にかけてチーム事情によるコンバートの影響で代打出場が増えるなど、92試合にとどまった。プロ野球界では極めて異例といえる、自ら自由契約になることで出場機会を求め、新天地を模索する道を選んだ。

https://www.nikkansports.com/baseball/news/202311140001447.html?Page=1
「自ら」とハッキリ書かれている

いずれにせよ、巨人と2年契約を残す中田を今オフにトレード以外で獲得する道筋があることが、オプトアウト条項の存在が明るみに出て初めて他球団に認知されたのは事実だ。これで、中田にとって関心がある球団がどれだけあるか、水面下で感触を確かめられる態勢が整い、無所属となるリスクを排除したうえで、FA権行使や自由契約の申し出が可能となった。

https://www.zakzak.co.jp/article/20231116-6PZLP3RU6BIE5BA3FAJYZ2X4FM/2/
あくまで「申し出」であるので微妙…?

【盛り込まれていなかったと読める部分】

 巨人の中田翔内野手(34)が契約の見直しや破棄ができるオプトアウト権を行使して、球団に契約破棄を選択したことが14日、分かった。

https://www.chunichi.co.jp/article/806777
オプトアウトについての説明は契約の見直しや破棄としか書かれていない

だが推定年俸3億円で、FA移籍の場合は人的補償が必要なBランクとみられることなどを総合的に判断し、FA権は行使せず。代わりに、FA申請期限となる14日の午後、中田翔の代理人がオプトアウトによる自由契約を申し入れた。当日は結論が出ず、球団はスタメン出場を求める本人の思いをくみ、他球団にトレード移籍する道も模索していたが、最後は本人の意向を受け入れた。

https://hochi.news/articles/20231115-OHT1T51206.html?page=1
どちらとも読める部分はあるが、単にオプトアウトであれば選手のみの権限で、球団側からすれば意向を受け入れるも何もないため、オプトアウトに伴い自由契約を受け入れた、とも読める。

ここまでFA戦線でノーマークだったのは昨オフに巨人と3年契約を結んでいる中田だ。一部報道によると、1年ごとに契約の見直しや破棄ができるオプトアウトの条項が付帯していた。つまり複数年契約の途中でもFA移籍が可能ということだ。

https://www.dailyshincho.jp/article/2023/10101701/?all=1
中田選手が実際にオプトアウト権を行使する前の記事で、あくまでFA移籍が可能という記述のみ

他にも多くの会社が多くの記事を出しているが、ご覧のようにどちらとも取れるような状態で、筆者としては断言は難しいように感じた。特に中田翔選手にオプトアウト権が付与されていることは行使する前から報じられていたが、最後に引用したデイリー新潮の記事でもそうだったように、オプトアウト権を行使した上でFA移籍をするかどうかしか論点になっておらず、実際に契約に盛り込まれていたのであれば、この時点で自由契約云々の話になっていても良いのではないか?とも思うし、中田翔選手側でそれを決めることが出来るのであれば普通に考えれば補償の要るFA権を行使して移籍する意味は何一つなく、そもそもFA権を行使するのか否か?というような論点は必要ないのだ。
加えて、「自由契約になれる」という条項はあまりにも中田翔選手側に有利で、ただでさえ3年9億という巨額な契約の中に、この条項を盛り込むというのは相当考え辛いというのもある。これを言い出せばそもそもオプトアウト権(単純な契約破棄)ですらこの金額の契約に対して盛り込むべき条項ではないとも思うのだが、スタメン確約の代わりだったとする記述もあり、筆者個人の感想としてはそれでもやりすぎだろうとは思うのだが、ともかくそういうことらしい。
ただやはり常識的に考えて、仮に2023年シーズンで中田翔選手がもっと派手な打撃成績を残す可能性もある中で、補償も何も取らずにただただ出ていくことの出来るオプションを盛り込むとは常識的に考えて有り得ないというのが私自身の感想である。

c 話し合いの中で、巨人側も「まぁ良いか」となった説

私が最も有り得るのはこれかな、と思っている。先程引用した報知の記事にもあったように、オプトアウト権の行使に際し、巨人側と中田翔選手側での話し合いの場が設けられたようだ。私は今回の移籍に際し中日側から下交渉(タンパリング)があったことは確実だと思っているのだが、中田翔選手側の「出たい」という要望に対し、来季の基本線ではベンチスタートになるという観点や、トレードも上手くまとまらない、今季成績もあまり芳しくなく怪我にも泣いたという点、そして中田翔選手の気持ちを尊重して、「分かった。自由契約にしましょう」という流れで自由契約公示にした、というのが最も自然ではないのかな、と思う。先述のように任意引退公示もあった中で、そこまでして引き止めるほどでも、最悪流出しても良いという判断がくだったのではないか、と思う。
ただしこれは完全に私の憶測で(特に判断の理由部分)、実際にはaパターンやbパターンだった可能性もある。ただしそれぞれのパターンで書いた理由により、私としてはcパターンが最も現実的というか、一般的に考えればこの結論になるのではないか、と思う。

あとがき-何故こんな記事を書いたのか?-

ここまでで文字数が7000を超えてしまい、とても長い記事になってしまいましたが、読んでくださり誠にありがとうございます。あとがきとして、何故私がこのような記事を書いたのか、何を危惧しているのかについても残すこととします。

私がこの記事を書いたのにはいくつか理由がある。一つに、多くの人が勘違いしているな、と思ったからだ。ある程度影響力のある人でも今回の経緯について分かっていないと思える記述があった。また、私自身がこういった複雑なルールを理解するのが好きで、今回のケースはもしやウルトラCなのでは?と思ったというところもある。

そして、これが重要なのだが、今後勘違いで叩かれる選手や球団が出てきそうだからである。MLBでは一般的なオプトアウト権であるがNPBにおいては先述のようにその使用例は未だに少ない。ただ、昨今はNPBにおいても大型契約が増え、選手会はFA取得期間の短縮を訴えている。若い内にFA市場に出れば、契約年数での勝負という側面も出てくるかもしれないし、そうすれば選手側のリスクヘッジとしてオプトアウト権というのは有効に働き、今後広がりが見えるかもしれない(もしかすると今回の中田翔選手のケースがキッカケになる可能性もある)。その中で、単に契約破棄の意味しかないオプトアウトに対し、自由契約とセットであるという風に考えていると、「何故この選手はオプトアウトしたのにFAになっているんだ!」であったり「オプトアウトした上でFA行使とかこの選手バカじゃん」と言った、的はずれな批判が生まれそうだな、と思ったからである。
私の、今回中田翔選手が移籍出来た理由の結論は「巨人側が寛大あるいは戦力外として見ていたから」である。それを知らないままでいると、将来広がっていくかもしれないオプトアウトに対して、誤った認識で物事を述べることになる可能性がある。そうなるのをあまり見たくなかったので、こうして8000字も書いてしまったのである。


改めまして、ここまで読んでくださりまことにありがとうございます。今回の記事に対して、ご感想やご意見などございましたら、私のtwitter「 あいうえおおかみ」( @kyoda555 )までご連絡いただければ幸いです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?