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映画「リズと青い鳥」の演出についての感想と考察⑤

 京都アニメーション制作「リズと青い鳥」についての考察と感想を、個人的な感動を交えて書いたものです。
 なるべく誰にでも伝わるように努めますが、ネタバレを多く含むので未視聴の方だけは自己責任でお願いします。

本記事は「リードを作るみぞれと話す梨々花」~「高坂がみぞれに問う」までを考察します。

・リードを作るみぞれと話す梨々花

 教室で1人リードを作っているみぞれの元に梨々花が現れ、「私にもできますかねー?」と聞きます。穏やかな声ながらどこかぼんやりとした表情にも見えることから、リード作りそのものに興味があるというよりは、憧れのみぞれ先輩のようになれるのか、という自問的な意味も含まれているのかもしれません。それに対しみぞれが「今度教える」と言うと、梨々花はパッと明るい表情になって喜びます。初めて梨々花にみぞれの方から近づいた瞬間です。
 しかし、梨々花は急に机に突っ伏して泣き始めます。みぞれが理由を聞くとオーデションに落ちたのが原因と分かりました。

 このシーンでの梨々花のセリフが重要で、「死ぬほど練習したのに」とか「落とされて悔しい」とかではなく、梨々花は「先輩と一緒にコンクールに出たかった」と泣きながら言います。自分が憧れの対象になることを想像していなかったみぞれは驚き、掛ける言葉を失います。

 ストーリーの演出上、梨々花はもはやただの癒しキャラではなくなってきました。みぞれが希美以外の人と触れて変化していくきっかけになる、とても重要な人物です。
 またここで描かれる梨々花は、みぞれのことを慕って、みぞれと一緒に演奏がしたいと言い、みぞれが近づいて来てくれることに一喜一憂する、とてもかわいい後輩です。そしてこの描写の仕方は、(キャラクターの個性やビジュアルは大きく違えど)希美を想う、みぞれに近いものがあります。

 あと、このシーンの梨々花の泣きの演技がとても好きです。めちゃくちゃ上手いと思います。

・みぞれがプールに誘いたい人がいると伝える

 みぞれが「ハッピーアイスクリーム」の雑談を見ながら毛布を敷いていると、希美が現れてみぞれをプールに誘います。みぞれはそれに「行く」と答えた後、希美に「他の子も誘っていい?」と聞きます。

 この「他の子も誘っていい?」と聞かれた希美はとても驚き、そして同時に驚きだけではなく寂しさに近い表情も浮かべます。
 自分の元から離れることはないと思っていた友人に、自分の知らないところで自分以外の居場所があることに驚き、そしてその自分の知らない場所にみぞれが行ってしまうかもしれない、と想像してしまったのだと思います。この驚きと寂しさは、③の記事「絵本 青い少女の正体」の中で考察した、リズが青い少女へ感じた「青い少女が羽ばたいていってしまうかもしれない」という感情と似たものとして描かれているのだと思います。
 つまりここで、リズはみぞれではなく希美の方であることが暗に表現されているのではないかと思います。

 それまでの希美にとってのみぞれは、夏祭りに他に誘う子がいないような友人です。前回の④の記事で書いた、みぞれは他に誘う子がいないということに、希美が少し安心しているのではないかと考察したのは、このシーンとの対比という意味もあります。
 自分の元以外に居場所がないということへの安心感という(消極的ではありながらも)ある種束縛に近い発想が実は希美にはあるということが、演出を重ねるごとに次第にはっきりとしてきます。

 そしてそういった少し拗れたみぞれへの感情を、希美は隠してしまうだけの器用さと少しのプライドがあります。
 それがこの、驚きながらもその表情をみぞれには見せないようにすぐに取り繕う、という演出で描かれているのだと思います。

・みぞれと梨々花の合奏

 梨々花が一緒にプールに行った話をし、みぞれは梨々花から素直な感謝の言葉を受け、一層梨々花に心を許します。その互いに好意がある状態でみぞれと梨々花はオーボエの合奏をし、その演奏が校舎に響きます。
 そして、この演奏はただの練習の音ではなく、みぞれが希美以外にも信頼できる人ができた、という意味を持って響きます。

 まず音楽室に居た夏紀と優子に届きます。中学からの友人であるこの2人はこのみぞれのメッセージを、少しだけ笑顔を浮かべる静かな祝福でもって受け入れます。

 次に、教室でフルートの後輩たちと話していた希美に届きます。希美は後輩たちと笑顔で話しているところでしたが、オーボエの合奏が届くと表情が一変、寂しさと切なさが混ざった表情で演奏の音がする方を見上げます。そして少し見上げた後、またすぐに笑顔で会話に戻ります。
 しかし、何事もなかったかのようにまた会話に戻るかと言うとそういう訳では無く、次のカットでは画面の左下で俯く希美がさらに俯きます。その奥の窓の外では、大きめの鳥がゆっくり羽ばたきます。これは「別れの予感」の構図の一種ではないかと思います。
 希美はみぞれに対してまだ見せていないものの、この驚きと寂しさを次第に感じるようになってきます。

・全体練習での第三楽章

 滝先生の指揮で第三楽章の冒頭を演奏しますが、希美とみぞれがうまく噛み合いません。
 ここでの2人の演奏は最初に合奏した、冒頭12分くらいのタイトルシーンとは違った演奏で、2人とも練習して上達したがゆえにその演奏の違いがくっきりと浮かび上がっています。

 希美の演奏は冒頭のときよりも練習して余裕が出てきたのか、音程が合っている上に全体的にビブラートをかけた感情的な演奏になっています。しかしみぞれのオーボエが、ビブラートをほぼかけない基本に忠実な硬い演奏をしているためにやや噛み合っていません。それを指して滝先生は「オーボエの音を聞いていますか?」と聞きます。

 対してみぞれの演奏は冒頭と同じく楽譜通りの硬い演奏ですが、練習自体は重ねていたようでより音の移動がスムーズになっているように聞こえます。このみぞれの演奏は、技術がありながらも表情に乏しい演奏となっているため滝先生は「譜面の隙間に流れる心を汲み取って、もっと歌って」と指示します。
 そしてその指示を受けるみぞれを高坂が見つめます。

 このシーンでのみぞれの「技術がありながらも、表情と貪欲さに乏しい演奏」というのは実はこのシーンの以前にも出てきています。それは④の記事で考察した、みぞれのピアノの演奏です。
 中編に入って最初にみぞれがするピアノ演奏と、中編最後のみぞれのオーボエ演奏が同じ特徴をもっているという、丁寧で美しい演出なのだと思います。

・高坂がみぞれの演奏について聞く

 高坂が「みぞれの音が窮屈そうに聞こえる」と伝えます。
 ここで高坂は希美の演奏を信頼していないから、わざとブレーキをかけているのではと聞きますが、みぞれはそれを否定し「窮屈なのは私が青い鳥を逃がせないから」と半ば独り言のように言い、続けて「私がリズなら青い鳥をずっと閉じ込めておく」と言います。

 ここまで中編では希美のみぞれへの心情描写が続きましたが、再びみぞれの希美に対する想いの描写に戻りました。そして、このみぞれの心理的な足踏みが演奏にまで影響していることがここで明確になります。
 ただ単にみぞれの視点に戻ったのではなく演奏シーンを経ることで、前編で描かれていたみぞれの希美への想いが「演奏の窮屈さ」として表現されることになります。

・ここまでの演出の考察と感想

 そろそろ中編が終わり、次回から後編に入ります。時間がかなりかかりました。

 前編でみぞれから希美への想いを描き、中編では希美からみぞれへの想いを描き、後編ではついに演奏を通して2人の関係が大きく進みます。

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