研究の社会実装を加速させる「ナラティブデザイン」の可能性【産総研デザインスクールシンポジウム2024レポート】
近年、気候変動などの社会問題を解決する新技術や研究結果が続々と発表されています。しかし画期的な研究内容が発表されても、社会で目にするのは何年も後のこと。研究内容が社会に実装されるまでに非常に時間がかかっている現状があります。
研究を社会に実装するためには、研究内容を必要なところに届けるデザインが必要なのではないか。そんな問いをもとに、共創プロジェクトを始めた人がいます。産総研の素材研究者であり産総研デザインスクール修了生の浦田千尋氏(以下、浦田氏)と、デンマークを拠点に活躍しているデザイナーのパヴェルス・ヘッドストローム氏(以下、パヴェルス氏)です。
2024年8月2日(金)、産総研デザインスクールが主催するシンポジウムが開催されました。シンポジウムでは浦田氏とパヴェルス氏をゲストに迎え、二人が進めている共創プロジェクトの概要とプロセスにおける学びを紹介していただきました。
浦田氏は油をはじく素材などを開発した素材研究者であり、パヴェルス氏は問題を解決したり、望ましい未来を想起させる物語(ナラティブ)をデザインする「ナラティブデザイン」を得意としたデザイナーです。「研究者」と「デザイナー」という異なる背景を持つ二人が共創することで、研究にどのような変化が起きたのでしょうか?本記事ではシンポジウムの様子をお伝えします。
登壇者プロフィール
欧州視察で痛感した「届けるデザイン」の重要性
浦田氏とパヴェルス氏が共創を始めるきっかけとなったのは、産総研デザインスクールで実施された欧州視察研修でした。浦田氏は産総研デザインスクール生として様々な機関を訪れるなかで、技術をユーザーに届けるための物語(ナラティブ)をデザインすることが必要だと痛感したそうです。
ナラティブデザインとは、ユーザーの共感を生む物語をデザインすることを指します。浦田氏は技術を広めるためには、技術を社会に繋げた先の世界を物語にして伝えることで、技術を必要としている人に研究内容が届きやすくなるのではないか?と思い始めます。
そんな矢先、浦田氏はデンマークでパヴェルス氏に出会います。二人はお互いの研究分野が近かったことから意気投合。同時に、浦田氏は新技術をデザイナーに共有することへの可能性を感じます。
課題解決のアプローチが異なる研究者とデザイナーが共創することで、通常より早い段階で技術を必要な場所に届けることができるかもしれない。そんな想いを胸に、浦田氏とパヴェルス氏の共創プロジェクトがスタートしました。
技術起点ではなく、物語起点で課題解決を目指す「ナラティブデザイン」
共創のきっかけとなった「ナラティブデザイン」は、実際にどのようなプロセスで進んでいくのでしょうか?パヴェルス氏は自身の作品「FOG-X」を用いながらナラティブデザインのプロセスを紹介しました。
「FOG-X」はパヴェルス氏が開発した飲み水を作る携帯型デバイスで、特殊な素材を使って霧から水を作り出す設計となっています。
パヴェルス氏はチリのアタカマ砂漠を訪れた経験から、水の重要性を強く感じたそう。彼は20億人が清潔な飲料水にアクセスできていない問題に対し、「清潔な水にアクセスできない人々が自分たちで水を作れる能力を得られたら、どのような世界になるのか?」という物語を描きます。
この物語が起点となり「人が新鮮な水を自給できる装置があるとしたら、どんなデザインになるだろうか?」という問いが生まれ、パヴェルス氏はアイデアを考え始めます。そして彼はリサーチを通して、朝霧を自分の体に付着させて水を得ている甲虫をモデルに「FOG-X」のプロトタイプを作りだしました。
プロトタイプをアタカマ砂漠で実際に使用し、現地の専門家にフィードバックをしてもらいながら、ブラッシュアップを繰り返したそうです。パヴェルス氏はフィードバックを元に振り返る過程が、ナラティブデザインのプロセスにおいて非常に重要だと話します。
改良を重ねた「FOG-X」はLexus Design Awards 2023のLexus Your Choice Awardsを受賞。問題を解決する技術起点ではなく、変化した後の物語からデザインを考えることで、多くの共感を生み出し、高い評価を得ています。
技術の可能性と未来を届ける「ピクシーブック」
パヴェルスとの共創プロジェクトには浦田氏が率いる研究チームメンバーも参加し、技術を外に届けるためのコンセプト作りからスタートしました。
素材研究の分野で新素材を発表しても、内容が専門用語で溢れていまい、非常に限られた専門家にしか届けることができない現状があります。浦田氏はこれを打開するために、どんな人でもその素材を活用した未来が想像できる物語を作り、素材を必要としているコラボレーターを探すことが重要だと考えていました。
そのために二人が作り出したのが「ピクシーブック」です。ピクシーブックとは、子どもにもわかる優しい言葉で物語が描かれた絵本のようなもの。浦田氏とパヴェルス氏はピクシーブックを通して、自分たちの素材を使って描きたい未来を、誰にでもわかる言葉で伝えることにしたのです。
「エコシールド」と題した物語では、浦田氏の研究チームが開発している素材が過酷な環境下でも生態系を維持できる「エコシールド」として機能する未来が描かれています。
浦田氏はピクシーブック作りを通して、研究のモチベーションが向上し、研究への新たな視点が得られたと振り返ります。
研究者が物語を作ることで、自分たちの技術や研究が社会にどのような影響をもたらすのかを想像することができる。ナラティブデザインのプロセスが研究の価値を改めて実感する機会となり、プロジェクトチームにもいい変化を与えたことが伺えます。
共創を加速させる鍵は「遊び心」
パヴェルス氏は今回のプロジェクトを振り返り、研究者とデザイナーが共創することの可能性を強く感じたそうです。そして異なる背景を持つ人々が共創するうえで、鍵となるのは「Playful(遊び心)」だと指摘します。
異なる背景を持つ人々が共創することで、お互いが成長しパワフルな物語が生まれていく。そのプロセスを支えているのは、心理的に安全な信頼関係が土台にあることです。パヴェルス氏の発言は、遊び心が心理的安全性を高め、共創を前に進める重要な要素であることを示唆しています。
可能性に目をむける「物語」を作るために必要なこと
二人のプレゼンテーションを終え、シンポジウムは産総研デザインスクール共同創始者である小島との対談セッションへ。「今回のプロジェクトに参加したチームメンバーの変化は?」という小島の質問に対し、浦田氏は「研究者も限界ではなく可能性に目を向けられるようになった」と語ります。
では、人々が可能性に目を向ける物語をつくるために必要なことはなんでしょうか?パヴェルス氏はナラティブをつくるうえで大切にしていることを、こう語ります。
人々にとって重要なことをシンプルに伝える。そして、まずは自分がワクワクしているかを大切にする。ナラティブデザインにおいて重要なのは、最初に物語をつくった人たちがワクワクしながら、周りに伝播させていく力なのかもしれません。
共創を継続させ、ポジティブなナラティブを発信し続けたい
対談の最後は、二人の今後の展望について伺いました。二人は今後も共創プロジェクトを進めていきたいと話します。
浦田氏とパヴェルス氏の共創はまだ始まったばかりです。二人を中心としたチームがこれからどのような物語をデザインし、アイデアを生み出していくのか。共創プロジェクトの可能性に思いを馳せ、未来に心踊るシンポジウムとなりました。
産総研デザインスクールの公式noteでは、今後もイベントレポートや修了生のインタビューを通して、社会実装や共創を加速させるヒントをお届けする予定です。次回もお楽しみに。
執筆:外村祐理子
グラフィックレコーディング:仲沢実桜
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?