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なんか8って書いてない?

 そんなわけねえだろ、と思いながら望遠鏡を覗いてみるとマジで書いてた。地形の陰影とか光の加減とか、そういうぼんやりしたものではない。
 白く美しい月面――危機の海と豊穣の海の間のあたりに、奥ゆかしくも思い切りよく〝8〟とある。正確に言えば書いてあるというよりはタイプライターで打刻したように見えた。整っていて感じがよく、そこはかとない温かみがある。
 異様なのはその可読性だった。どう見ても〝8〟に見えるのだ。それは「〝8〟に見える地形の陰影」だとか、「ADHDの不登校児である愛娘の発達障害特有のアレ」だとか、「レンズ表面にくっついた〝8〟様のなにか」ではなかった。
 その〝8〟は、脳の原始的な部分に直接訴えてくるような説得力があったのだ。
 あれを見れば、この世の中のすべての知性あるものがアラビア数字の〝8〟だと答えると思う。
「だからそういったでしょ」とキャロルが言った。得意そうな笑みが別れた妻にそっくりだ。
 瞬時に妻との苦い思い出が脳裏に甦った。クソ女、と叫びながら平手打ちしたい衝動に駆られたが、我慢する。ADHDの不登校児とは言え愛する娘だからだ。
「ねえパパ、モタモタしてないでさっさとNASAに電話して」
 おれはキャロルを張り倒した。

〈つづく〉

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