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千年幸福論


東京への異動が決まり、今月いっぱい、どうぞよろしくお願いしますと挨拶をしながら、これは不思議な言葉だと思う。まるで今月いっぱい生きていることが当たり前のような言い方だ。例えば、明日隕石が降ってくるかもしれなくて、通り魔に刺されるかもしれなくて、交通事故に遭うかもしれなくて、明日、もっと言えば5分後にだってすら生きているからわからないというのに。それなのに私は、今月いっぱいを、精一杯頑張ろうと意気込んでいて、これは不思議な感情だと思う。例えば、今目の前にいるあなたが明日死ぬかもしれなくて、その日にはその日の出来事や感情があって、同じ日なんてこれまで一度だって存在しなくて、今日が最後になるかもしれないこと、もっと言えば昨日が最後だったかもしれないことはこれまでもずっとかわらないというのに。私は明日も生きていることを、今月いっぱいまで職務を全うすることを、まるで当たり前のように受け入れて、その上で感傷を抱いたり、気合いを入れたりしているということで、本当に不思議だよなあ。最初の生命が誕生する確率とか、父と母が出会って、恋に落ちて、私が生まれる確率とか、偶然に偶然が重なってできた世界だから、この世に起こるものすべて奇跡だって誰かが歌っていたようなことを、ずっと考えています。

私は誰の記憶にも残りたくなくて、なるべく誰の人生にも干渉したくない。だけどそんなことは不可能で、大好きだったと、涙を流しながら伝えてくれるその姿を見ていると、人生の取り返しのつかなさをほとほと思い知らされる。きっとすぐに新しい環境に慣れると、次の人はもっと素敵な人だと、そんなことを言いながら、大丈夫ですよと伝えては、これは、自分に言い聞かせているのかもしれないと思ったりして、どうか私のことなど忘れて、泣かないで。それでも、あなたの人生に何か一つでも花を添えられたのなら、私は本当に幸福だ。千年続く愛情を。千年続く友情を。千年続く安心を。千年続く幸福を。終わりがなくたって、私たちの毎日はずっと、美しいよ。

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