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虚空から日本を見てみよう

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古代の日本をさまざまな角度から検証してみます。
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虚空からの視点

はじめに 「虚空から日本を見てみよう」というタイトルには、現代の我々が、まるで空から俯瞰…

宮崎政宏
1か月前

弥生時代の九州(肥の国・筑紫の国)

古代の九州は大陸との窓口でした。 特に弥生時代の九州の勢力図がどのようなものであったのか…

宮崎政宏
1か月前
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弥生時代の九州(豊の国)

 前回は現在の福岡県西部のエリアとなる「筑紫の国」と佐賀県、長崎県、そして熊本県を領域と…

宮崎政宏
1か月前
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南海トラフ巨大地震によって引き起こされた瀬戸内海沿岸での高地性集落の出現と銅鐸祭…

 前回、弥生時代の「豊の国」では、弥生時代中期と後期の間に銅矛の形状や奉斎エリアが変わる…

宮崎政宏
1か月前
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奴王国滅亡

 前回は、西暦1世紀頃に発生した南海トラフ巨大地震によって、瀬戸内海沿岸に暮らす人々が難…

宮崎政宏
1か月前
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弥生時代の九州(熊襲の国)

 今回は九州南部、現在の宮崎県と鹿児島県に居住していた「熊襲」について見ていきます。なお…

宮崎政宏
3週間前
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まぼろしの邪馬台国~その虚像と実像

百家争鳴の邪馬台国論  邪馬台国をめぐる学問的議論は、日本古代史の中でも最大かつ多彩な論争の一つであり、学者のみならず古代史に興味を持つ一般の人々も参加する特異な論争となっています。その中心にあるのは、邪馬台国の所在地に関する問題です。さらに、国名、距離、国家の性格、女王卑弥呼の人物像などについても論争が繰り広げられています。簡単に現在までの主な論考を見ていきましょう。 邪馬台国論争の流れ  古くから「日本書紀(神功皇后摂政39年条)」などが魏志倭人伝を引用し「倭の女王

邪馬台国 菊池郡山門説~魏使の辿った道

 これまで弥生時代初期の墓制や交易、そして出土物の状況から九州における諸部族の構成につい…

宮崎政宏
7日前