文学旅行的スイーツの良心
「おいしいものは、脂肪と糖でできている。」
う〜む、何のCMだったっけ──。
思い出せぬまま、バターと砂糖たっぷりのスイーツを頬張る。ああ、おいしいぃぃ。し、し、幸せだなぁ。
あっ、思い出した! そうだった、そうなんだよ、ウーロン茶さえ飲んでおけば、このスイーツもカロリーゼロ……って、サンド伊達さんかっ!
……と、まぁ、ボケにもならぬトホホから今日も始めましたが、もちろん、この記事はウーロン茶の広告ではなく、スイーツの良心とは何かを問いたいのですよ、文学旅行的に。。。
それにしても、うまい広告コピーですよね。
確かに、おいしいものは脂と糖で構成されています。代表格であるスイーツは、食べ過ぎれば体への負担が大きい。おいしいものは体に悪いのか、それとも体に悪いからおいしいのか。おいしさとは、罪悪感が極上の調味料となって燃え上がる不倫沼のようなものなのだろうか。。。セックスを食後のスイーツにたとえるような甘美で下品な表現が文学にも少なくないところをみると、その仕組みは、人間のDNAに組み込まれたものなのだろうか。。。
良心の意味を調べてみよう
ちょっと話は変わりますが、この「おいしい」という言葉、なんとも味わいのある言葉になりましたよね。いつ頃からでしょうか、通常とは別のルートや手段で得をすること、思いがけず利益にあずかることを「おいしい」と表現するようになったのは。
……きっとバブル80年代だな。その時代のおっさんたちは「おいしい仕事だね〜」なんて言ってたんだよ、きっと。快楽の形容詞に、「気持ちいい」だけではなく、「おいしい」が加わった瞬間ですね。ね、ね、そうでしょ?糸井さん。。。
でも、変われば、変わるものですね。今や「おいしい」は、=体に悪いというイメージ戦略にも使われるようになっているのですから。
あっ、いやいや、そうではありません。
ここでは「おいしい」ではなく、タイトルの「良心」について考えたいのですよ。はい。
スイーツは、バターと砂糖たっぷりでカロリーが高く、過度な摂取は体への負担が大きいけれど、同時に甘くとろける味わいは人を幸せな気持ちにもさせます。この哲学的にも科学的にも超難問である二律背反を、幸せな気持ちになる側を重視し、そこを「良心」と表現したのでしょうか?
というわけで。。。
あらためて「良心」とは、どういう意味か、辞書を引いてみました。
「正しく行動しようとする心の動き」(広辞苑第七版)
……ふむ。大切なことっぽいです。
でも、考えてみてください。スイーツがいくら「正しく行動しよう」としても、それは無理な話ではありませんか? 「正しく行動」するのは、スイーツを扱う人間に求められること、でしょう。はい。
では、スイーツを扱う人間にとって、どうすることが「正しく行動しようとする」になるのでしょうか。ここでは、食べる人ではなく、作る人あるいは販売する人の立場で考えてみます。
それは、おそらく……
正しく商品を作り、嘘偽りない情報発信をし、誠実に販売をして、お客の声と真摯に向き合い、でき得る限りの対応をする、そして、その上で、適正な利潤をいただく。。。
……これが「正しく行動しようとする」ではないでしょうか。
何とも、至極当たり前のことを書いたようで気恥ずかしいです。
ですが、これ、編集記者をしていると、本当の意味で為されている組織は思っているほど多くはない、と気づかされるのです。ホームページなど表では格好良いことを言いながら、裏の現場ではお客を公平に扱っていない、風通しが悪くお客を腐すような軽口が飛び出る、ステマがはびこっている……。あなたのひいきにしているお店が、そんな店でないことを祈ります。どこぞの文学館の広報のように、権威を笠に着て傲岸不遜な対応をするところはダ……おっと、これは口が滑りました。
新聞や雑誌の記者は、企業がお客を迎える表玄関ではなく、広報機関という、いわば勝手口とお付き合いすることになりますから、時々、その企業の別の(本当の)顔を見ることがあります。その企業や組織は勝手口で取材者にどう接するか。メディア規模の大小や、組織人かフリーランスかによって扱いが変わっていないか。不測のトラブルや他意のないミスがあったときの対処はどうしているか。。。等々、さまざまな事態で受ける記者の印象は、その企業(店)のすべてを決めてしまいかねない、とても大切なポイントになってきます。こればかりは記者も人間ですから、いたしかたありません。
とはいっても、記者も常識人ですから(最近は異常な人もいるようですが……)、その印象だけを公的な場所で口にすることはありませんけどね、さすがに。。。
併し、勝手口での印象によって企業やお店のファンになることもあれば、その逆もしかり。同様に、思い込みもあるものです。なにせ、そこはAIではなく、人間ですから、と言い切ってしまいましょう。
極私的スイーツの良心──この店なら大丈夫!
そこで、です!!!
以下に挙げるスイーツは、どの店も、どの組織も「正しく行動しよう」としているスイーツです。
そう断言します!
私たち文学旅行の取材依頼に、気持ち良く、そして誠実に対応してくれただけでなく、そのときの印象として、とても丁寧で正確な日本語を使う方々だった、という好感触を持っています。いずれのお店も人気店であり、また歴史のあるお店(企業)です。なのに、まったく驕ったところがありませんでした。
これって、とても大切なことなのですよ。どこぞの文学館のように悪……って、もういいか。
さて、それでは、いってみよーー❗️
イワタコーヒー店(鎌倉)
日本が誇るノーベル賞作家・川端康成の行きつけだった喫茶店です。今、スイーツ界は、ちょっとしたレトロブームなんだそうですが、こちらの喫茶店は、まさにオーセンティックな正しき喫茶店として大人気。鎌倉の小町通りで行列を見つければ、それはこちらのお店です。週末の激しく忙しい時にもかかわず、丁寧に対応いただきました。私たち文学旅行の仕事を正確に理解していただき、本当にありがとうございました。
60年変わらぬ名物のホットケーキは、注文を受けてから弱火の銅板でじっくり焼き上げられます。なので30分程度の待機はおしゃべり、あるいは読書に絶好の時間として。。。こんがり小麦色の円盤タワーがやってきたら、そこにバターとシロップを……たまりませんね。二枚重ねになっているので、間にバターを挟んでも良し、相方とシェアするのも良し。もちろん一人占めも!
和菓子司こまき(鎌倉)
こちら、和菓子司こまきさんは、取材のお礼とともに記事の公開を報告したところ、丁寧な返礼をいただきました。それがまた何とも言えず心のこもったもので、短い文面の中に相手の状態や心持ちを想像する力を持った素晴らしいものでした。
川端康成とのご関係や、エピソードについては、旅色の連載をお読みください。店主の駒木さんが丁寧に教えてくれました。以下、鎌倉の文学旅行をご案内いたします。こちらのプランでは、前段でご紹介したイワタコーヒー店さんもコースに入っていますよ〜
この旅色のプランでは、川端康成が自作について語った「余情」という言葉をキーワードに旅の行程を展開しました。和菓子司こまきさんは、そのキーワードへの感想を、返信でしたためてくれたのです。これには、やられました。他者の気持ちを汲みとる力のあるスイーツです。はい。
先に「相手の状態や心持ちを想像する力」と申しました。これはお礼の言葉だけでなく、商売の方法にも通ずる、物事すべての「本質」の一つではないでしょうか。
エーグルドゥース(目白)
パティスリー エーグルドゥースは東京・目白という、高台の高級住宅街に立地するおしゃれな超有名店です。その味わいは東京ナンバーワンの呼び声も高く、やっぱり行列必至。実を言うと、文学との関係は極私的に確認をとれていません (。・_・) 超有名店ですから、今さら感はいなめませんが、私たち文学旅行が推薦するからには、それなりに理由がありまして。というのも、文学やマンガ、絵画を旅する芸術三昧な散策コースを紹介した下記のプランで、お世話になったのです。その際、とても丁寧に、そして良心的に対応いただき、絶大な人気に驕ることなく誠実に仕事をしている姿に歓心、感謝した次第です。ああ、点頭。
この『林芙美子編』については、noteに別記事がありますので併せてお読みいただければ、さらに楽しくなりますよ。芸術散歩の「穴場」として、想像力の旅コースを。。。
このプランを公開した際、ある大手出版社の女性編集者から「エーグルドゥースさんにパイプがあるんですか?」と凸電されました。
確かに、超人気店です。開店前から行列ができ、2時間待ちも当たり前の状況では、大手出版社でも取材協力をお願いするのに気後れするのかもしれません。専門記者の中には、そうした有名店とのパイプの太さを武器に、ライターとしての地位を築いてきた方々もいるわけで……それはまるで、政界に深く切り込んでいる政治部記者と同じですよね。
記者職だけでなく、どんな業界でも仕事を進めるときに、多くの人が苦手にする人物や企業にパイプを持っているとか、有力なところに太い人間関係があるとか、やっぱり大切なのですよ。などと、あらためて思い返した仕事でした。
ただし、あまりに大勢のお客が詰めかけるようならば、お店にとっても迷惑になりますから、いくらパイプがあってもそこはバランス感覚を持つ。それもまた記者としての配慮なのです。
群林堂(音羽)
こちら群林堂さん。実は、いまだ旅色連載で紹介する機会を得ていません。ただし、超有名店ですから、ご存じの方も多いでしょう。なにせ「東京三大豆大福の店」とかいう称号がネットで与えられているようですから。
併し、いったい誰が「三大」などという下品な基準を、お店に下したのでしょうか。。。それについて問わないのも、またネット業界のあやしさですよね。
文学旅行的には、そんな三大◯◯とか、言いません。こちらの豆大福は、三島由紀夫、松本清張、吉川英治といった文豪たちの御用達スイーツとして、上にも下にも置かれない、オンリーワンの価値を持っているのですよ、はい。
もちろん、音羽通りを挟んだ向かいに大日本雄弁会講談社という、一大メディアの社屋があったので、編集者たちが担当する作家にふるまったことは想像に難くありません。事実、そうでした。
「先生! この大福いかがですか? おいしゅうございますよ」なんて、若い女性編集者が言うと、下唇を伸ばした清張先生が「グフフふふ」と舌なめずりする……。そんな光景が目に浮かびます。
いや、いや、悪夢のようなイメージは払拭しましょう。そうでなくても、群林堂の豆大福は大いに素材にこだわった、食べ応えのある、おいしい大福であることに異論はありません。なにより、コスパについて昔ながらの立ち位置を守っているところは、庶民の一人として好感度絶大なのですよ、はい。
アニバーサリー(早稲田)
コチラのお店、NPO法人文学旅行のひいきなんです。何かあると必ずこちらでスイーツを買い、お祝いをします。今回の記事のメイン画像も、実は私たちの記念日を祝ったときのケーキでした。それだけ信頼を置いています。大手百貨店にも出店する超有名店ですが、街のスイーツ屋さんとして近隣住民のアニバーサリー=記念日を彩る、そうしたケーキ店の本来持つべき理念が伝わってくるお店です。
こちらの特徴は、なんと言っても〝クリーム装飾の達人〟のお店だということ。そのデコレーション技術は「一種類の口金から多彩なモチーフを生み出す『絞りの技』を極めた」と評されています。
ケーキづくりの原点は、ウェディングケーキにあったそうです。それまで食べることのできなったウェディングケーキの装飾を、おいしく食べられるように本当のクリームで美しくデコレーションしよう、そう考えたことが出発点でした。こうした理念と哲学は、もうほとんど文学です。
いまだ旅色の連載でご紹介することができておらず残念ですが、いつか村上春樹旅を早稲田界隈でご紹介する際に、コースに組み入れようと構想しています(って、勝手だなぁ)。
茶房 天井桟敷(由布院温泉)
由布院温泉へ行ったら、もうこのスイーツで決まりです。開店当初からの定番にして名物スイーツ「モン・ユフ」です。下記、原田マハ旅にて、ついにいただいちゃいました。
天井桟敷の店名は、言わずと知れたフランス映画の古典「天井桟敷の人々」から。文学とは直接結びつけられませんが、由布院温泉中興の祖ともいえる先代・中谷健太郎さんは、家業を継ぐ前は映画人でした。だからでしょう、店内には映画、音楽、書籍など、総合芸術の香りが漂います。
新雪に染まった由布岳を模したこのスイーツは、由布院温泉の今に至る繁栄の歴史そのものを表しているのかもしれません。などと言えば陳腐でしょうか。大人の旅情に応えるべく積み重ねてきた時間は、ただ甘いばかりだったわけではなく、山型に整えられたクリームチーズの酸味の効いた味わいに二重写しとなってくるようで……。オリジナルの焙煎コーヒーも絶品。
ご当地系の伝統生菓子
総本家田中屋(愛知県岩滑地区)
さて、次は和菓子です。いや〜、最近とみに、和菓子の清らかさが身にしみるんですよねぇ。バターこってりも捨てられないんですけどね。。。
こちらは『ごんぎつね』秘密旅でご紹介しました。ごんのふるさとである愛知県半田市岩滑地区のご当地和スイーツ「生せんべい」です。取材を申し込む際、とにかく忙しそうでした。後ろで電話が鳴りっぱなしなのが聞こえるんでよ。注文の電話だったら申し訳ないなぁ……恐縮至極の状況。にもかかわらず、快くご協力をいただきました。
実はこちらのお菓子、旅色で担当してくださるN山さんが幼少の頃から慣れ親しんだ和菓子とのことで、ぜひ紹介してほしいという鶴の一声で取り上げることが決まったお菓子でした。N山さんは、隣町のご出身だったのです。
……どうりでねぇ……実は、この回を『ごんぎつね』旅にしようか、それとも村上春樹旅にしようか、悩んでいたのですが、「ぜひ『ごんぎつね』を先にやりましょう!」とN山さん。やっぱり地元愛にはかなわないなぁ……と思いきや、N山さんには、ちゃんとした理由がありました。というのは、検索キーワードとして『ごんぎつね』のほうが村上春樹より多かったのです。教科書の影響力は大きいですね。
あやや、内輪ネタになってしまいました。すみません。
産直おかあさんが作る「ひゅうず」「すっとぎ」(岩手県山田町)
『ひょっこりひょうたん島』(井上ひさしほか)『すずめの戸締まり』(新海誠)三陸沿岸の巡礼でご紹介しました。地元のおかあさんたちによる手作りの伝統生菓子です。地場スーパーマーケットや道の駅で販売されていますが、午前中で売り切れるという人気ぶり。
ちょっと地味かなぁと心配したのですが、旅先でしか出合えないスイーツとして、あえてご紹介したところ、けっこうな反響がありまして、ありがたい限りです。
残念なことに、取材時は「すっとぎ」の時期ではなく、写真を撮ることができませんでした。鈴芽さんも、きっとおかあさんと食べていたことでしょう。次の機会にはぜひ。
メープルハウス(金沢)
最後に。。。
こちらも、まだ旅色連載で紹介していない文学スイーツです。場所は、古都・金沢になります。いいですねぇ。文学っぽいですねぇ。。。(なんで?)いや、いや、こちらのお店、芥川賞作家・川上弘美さんのお気に入りなのです。
エッセイ『東京日記3 ナマズの幸運。』のなかで、金沢に来ると楽しみにしているスイーツがあり、このときもホテルに持ち帰り◯個も食べてしまったと告白しています。そして〝ここのケーキは胃もたれしない〟とつぶやくのです。そんな魔法のようなケーキがあれば、なんと良いことでしょう。冒頭に記したような、ウーロン茶はいらなくなりますね。なんてったって、おいしく食べられたらカロリーゼロ。。。
……というわけで、今日はこのあたりで一段落を付けましょうか。
食後の一杯として、カフェラテはいかがです?
自家製のラテアートを、どうぞ。ここまで読んでいただいたお礼に、あなたへのハートです。「スキ」してね。
鹿子沢ヒコーキ 拝
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