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生き地獄死に地獄

「そんなことも出来ないの」
 そんな言葉、もう何万回も聞いてきた。
 リボン結びも掃除機の使い方も包丁も。全てのことを押し付けて、ユメカの母はほとんどの日々を留守にした。
 母はユメカを、都合のいい時だけ頭を撫で、都合のいい時だけ使い魔にし、都合のいい時だけサンドバックにした。
 それでも学校には通っていた。それだけがユメカの救いだったが、ある時、母が男を連れ込んだ時にとうとう限界の緒が切れた。
 増え続けるアザがさすがに服では隠せなくなった頃、ユメカは学校にすら行けなくなった。
 ますます増える暴力に、家にもいられなくなったユメカは、気付けば再び登校していた。
「ユメカ、久しぶり! 具合が悪いって聞いてたけど……」
 この幼馴染、誰だっけ。ユメカは頭を殴られ過ぎて判断がつかなくなっていたのだ。
 ユメカは学校では優秀な成績だった。やることがなかったからである。どこかで救われたいと思っていたからだったが、もうユメカは嫌になっていた。
 朝のホームルームをすっぽかして、職員室から鍵を盗んだ。そしてユメカは真っ先に、屋上へと駆け込んだ。
「もう私にはなんにもない」
 そう書き残して。


 打ち付けられたアスファルトは硬かった。だけど足が途中の木に引っ掛かって打ちどころが悪かった。
 ユメカは、生きていた。
 しかし、このまま一生歩けないらしい。廊下で母親が騒いだ。
「子どもの介護なんて私嫌よ!」
「血の繋がったお前の子どもだろ!」
 知らない男の声も聞こえ、荒々しい扉の音と共に母がやって来た。
「あんたのせいよ」
 母のお得意言葉だ。
 だかユメカは、返事すらしなかった。出来なかったからだ。
 喉が唾液で詰まる。看護師が定期的にやって来て呼吸をしやすいようにやって来たが、母はしきりに、一人でトイレにも行けなくなったユメカを罵った。
 やるなら今しかないと思った。
 ユメカは深夜、付き添いもしない母もいない病室で、看護師の見回りが終わったのを見計らって行動に移した。
 使えるのは片腕だけだった。他には、自分にいくつも繋がった管だ。
 ユメカは力の限り、自分に繋がってる管を引き抜いた。と同時に騒ぐ機械の音を傍らに、ユメカはそれを首に巻き付けた。

 あとは、ベットから落ちるだけ。

 点滴台が大きく倒れた。身体は反射的に暴れたが、次第に息が吸えなくなることをユメカは自覚した。
 やっとこれで死ねる。ユメカは意識を手放した。

 それからいくら経ったのか。
 ユメカは自分の葬式を見た。
 表面上の付き合いはいい母は、色々な人を葬式に招いていた。昔の母の友達、ユメカのクラスメイト、そして……幼馴染とその家族。母は彼らの前でわざとらしく泣いた。
 すると、誰かがユメカの棺の前で大号泣する人を見かけた。
 見たら幼馴染だった。そうだ、名前はライカだった。
「ユメカ……! どうして……どうして……!」
 ようやく思い出した幼馴染は、ユメカのたった一人の大親友だった。
「ライカ、知ってた? 私、学校ではイジメられていたんだよ」
 人間というものは醜いもので、ユメカは、成績優秀というだけで密かな嫌がらせを受けていた。大したことはないと思っていた。大したことは。
「何あいつ……わざとらし」
 イジメの加害者が妬ましそうにため息をついた。
「そうだ、今度のイタズラは、あいつを標的にしようよ」
 死んだ今では、彼女を見守ることしか出来ない。肩を撫でることも、声を掛けることも。

 ここからが、死に地獄だとユメカは今更知った。

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