嫉妬の味

 嫉妬をしない人間なんていないらしい。
 だったら私は人間ではないのか。そう考えたが答えはない。
 後から生まれた弟と妹は、手先が器用で世渡り上手だった。けれども私は、嫉妬どころか全力で接した。
 ケンカもあまりしなかった。
 私で失敗したと気付いた母は、子育て方針を変えてくれたのが助かった。私と違って、弟と妹には、肯定感が高くなるように接した。私もそれに見習った。見事に肯定感の高い弟と妹に成長し、私は一度も、それに嫉妬したことがない。
 しかしそんな私にも、心豊かな弟と妹のおかげで、全く興味のなかった音楽に興味を持ち始めた。それは歌っている人へと興味が転じ、やがて私は、超有名な女の子アイドルへと熱中することになった。
 それは、グッズやアルバムを集めるばかりではなく、ライブまで見に行くようになったある日の下校時、同じ帰り道だった友達が声を掛けてきた。
「ねぇ、ユメカ、聞いた?」
「何?」
「桜庭ハルが結婚したんだって!」
「ああ、知ってるよ」
 桜庭ハル──彼女こそが、私が尊敬しているアイドルだ。
「え、ユメカ、ショックじゃないの?」
「え、どうして?」
「だってユメカ、桜庭ハルのファンじゃん!」
 嫉妬を抱かない私には分からなかった。むしろ、めでたい話ではないか。結婚相手と上手くいかなくて離婚しても愛していける。私にはそれ程の自信があったのだ。
「さっすがユメカ……桜庭ハルのファンだけあるね!」
「そうかなぁ」
 そんなある日だった。私の中で運命の転機が起きた。
「──病院で、桜庭ハルは亡くなったようです……」
 時が、止まった思いだった。
 なんでも、桜庭ハルの結婚に嫉妬したファンが、握手会に紛れ込んでナイフで刺したらしかった。私はそのニュースから流れるテレビから離れられなかった。ニュースが終わっても、足元から根っこが生えてしまって動けなかった。
「……そん、な」
 ようやく絞り出した声で、自分が震えていたことに気が付いた。心の奥底から、波のように押し寄せてくる重い感情を、私は嫌でも感じ取った。

──彼女を殺していいのは私だけだ

 これが嫉妬か。私は初めての感情に、なぜか笑いが込み上げていた──

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