見出し画像

【小説】Merry Christmas (1/5)

人波で溢れかえる12月、雑踏を華麗にすり抜けながら進む真理子の背中を、貴司は必死で追いかける。

「待って下さい先輩、早すぎですって」
「私は普通に歩いてるだけだよ」
「もう何十人抜いてるか数えきれません」

歩く速さに加え、真理子がひときわ小柄なこともあり、少しでも目を離すと見失いそうになる。会社帰りの駅までの道のりは貴司にとって仕事以上のプレッシャーだ。

「先輩、絶対に忍者に向いてますよ」
「でも忍者の採用試験とかあったっけ」
「じゃあ今度調べておきます」

鈴谷貴司が東京の玩具卸販売会社に転職して3ヶ月。都内中央エリアに配属され、1歳上の水野真理子と共に取引先を回る日々が続く。それまでエリア担当だった真理子は来年から福岡営業所への異動が決まり、慌ただしい諸々の引き継ぎも佳境に差し掛かっている。

「東京は人が多すぎですよ。お祭りじゃあるまいし」
「お祭りかも知れないね。東京帰宅祭り」
「どういう祈願なんですかそれ」

退社後の最寄り駅までの道のりは背中を付いて行くことに精一杯だが、短いながらも波長の合う真理子との会話は、地元の山梨から東京に移転してきた貴司にとっての数少ない楽しみだ。

「では鈴谷くん、また明日」
「お疲れ様です」

言葉を交わした後に貴司が振り返ると、6番線ホームへ向かったはずの真理子の背中は、すでに見えなかった。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?