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【小説】Merry Christmas (2/5)

貴司と真理子が勤める玩具業界もまた、流行の移り変わりは非常に激しく、リスクを抑えたい小売店は発注期限まで状況を見極めている。しかしメーカー側としても製造ラインに影響するため、クリスマス商戦の時期には各社からの注文の催促が絶えず送られてくる。

「今年はスプラトゥーン強すぎじゃないですか」
「関連グッズも勢いが衰えないからね」
「フェスの盛り上がりはもはや国民的行事ですから」

卸業者にとっては、注文が途切れない状態に歓迎しながらも、予期せぬ大量発注に冷や汗をかくことも多い。特に零細メーカーの工程表は常にギリギリで動いており、事情によっては無理を承知で大手メーカーに頼み込む場合もある。

「N社の追加分まだ間に合うでしょうか」
「難しいけど、ダメ元で訊いてみる」
「ここは僕よりも先輩の方が」
「そうだね、なんとか頼み込んでみるよ」

エリア担当者が普段から足しげく取引先に通う理由は、万一の際に懇意にしてもらうためでもある。無碍に断りにくい相手の心理を利用する点では胸が痛いが、商品の生産が止まれば有無を言わさず終売となる以上、取引先との板挟みに胃痛がするのは営業職の宿命だ。

「今日もなかなかにハードでしたね」
「鈴谷くん、胃薬持ってる?」
「サクロンならあります」
「ごめん、私パンシロン派だからいいや」
「胃薬にも派閥があるんですか」

会社から最寄り駅まで徒歩5分ほどの距離も、真理子の速度に合わせて歩くと少し会話を交わしただけで駅の改札にたどり着いてしまう。

「では鈴谷くん、また明日」
「お疲れ様です」

言葉を交わした後に貴司が振り返ると、6番線ホームへ向かったはずの真理子の背中は、すでに見えなかった。

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