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【小説】Merry Christmas(4/5)

貴司は休日出勤の午後の緩い空気に任せて、普段の帰り道では避けてきた話題を、真理子に投げ掛ける。

「先輩、サンタクロースって本当にいると思いますか」
「きっと、演じてるんじゃないのかな」

予想外の答えに思わず言葉に詰まったが、真理子は手を休めずに話を続ける。

「誰かが演じてるんだと思うよ。ヒーローも脇役も、サンタクロースも」
「先輩も、誰かを演じてるんですか?」
「今は鈴谷くんの先輩役を演じてる。私だって自分の先輩の前では、弱音も吐くし泣き言も言うよ」

たった1歳年上の人がそこまで達観していることに、貴司は驚きを隠せない。ましてや1年後の自分が同じ境地に辿り着いているなどとは、到底思えなかった。

「大人になるって、例えばどういうことですか」
「人の幸せを、心から願えるようになることかな」
「…そんな人格者には、なれそうもないです」
「でも鈴谷くん頑張ってるじゃん。サンタさんを楽しみにしている子供達のためにさ」

社会に出たばかりの頃は、損得を計算して相応の対価を求めることが当然だと貴司は考えていた。しかし、たとえ自分に見返りがなくても、この仕事で今困っている人達が救われたり、泣いている人達が笑顔になってくれるなら。

クリスマス、それは子供達だけでなく、誰かのために頑張る大人達にとっても、特別に大きな喜びを感じられるイベントなのかも知れないと、貴司は思った。

「クリスマスまで、もう少しですね」
「そうだね」

窓の外は、今年初めての雪が降り始めていた。


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