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【小説】TIME CAPSULE #秋ピリカGP2024

【高宮市立大栄小学校 開校100周年記念式典】

奥田彩乃は、正門の立看板の前で足を止めた。
式典は午前のうちに終了し、午後から行われる記念祭に参加するため、会場の体育館を目指す。

彩乃が入学した年、全校児童がそれぞれ好きな物をタイムカプセルに込めた、開校70周年の記念祭。この日、30年振りに開封される時が来た。

体育館は土足のまま入れるよう、出入口から床全体に向けてシートが敷かれ、大きな箱から取り出された、似顔絵や写真、手紙や作文などが、時の経過を感じない質感のまま、クラス毎に丁寧に並べられている。

既に当時の在校生で賑わう5、6年生のエリアでは、皆が久々の再会を喜び、思い出話に花が咲く一方、1年生のエリアには未だ数人ほど。思い出の多くは、この場所に残されたままだ。

彩乃は1年3組のエリアで足を止め、並べられた紙たちを見渡す。そして、やっぱり紙は良いな、と思う。タイムカプセルの中身が、いつかデータの入ったチップに変わる時代が来たならば、せっかくの感動も形無しだ。


彩乃が昔の自分の似顔絵を手に取ろうとした時、横から男性の長い腕が伸びた。クレヨンで描かれた大きなミカンの絵をスッと手に取り、すぐに立ち去ろうとする。そんな彼の気配に反応し、彩乃は声を掛けた。

「もしかして、圭太?」
彩乃は、似顔絵の下に “おくだ あやの” と書かれた自分の名前を、彼に向けて見せる。

「彩乃か、良かった。かろうじて覚えてる人で」
「その言い方、全然変わってないね」

2年おきにクラス替えがあった6年間で、ずっと彩乃と同じクラスだったのは、藤野圭太ただ一人。中学で校区が分かれたので、顔を合わせるのは小学校の卒業以来だ。

「せっかく来たのに、もう帰るの?」
「用事は済んだからね」

彩乃は、ミカンの絵の下に “ふじの けいた” と書かれた名前を、じっと見つめる。

「圭太の絵、なんでミカンなの?」
「その時に使ってたノートのイラストを写しただけ。特に意味は無いよ」

30年前の話を、さも昨日の事のように語る様子に、実は圭太も一緒にタイムカプセルの中に入っていたんじゃないかと想像し、彩乃は思わず笑ってしまう。

「普通はもっと、驚きとか懐かしさを感じるものだけどね。圭太には、タイムカプセルなんて必要なかったみたい」

「そんなことないよ」
「えっ?」
「6歳の自分が、どこかで知ったような未来予想図とか、大人になった自分が喜ぶような手紙とか、そんな体裁を何にも考えない子どもで、本当に良かった」
遠い目をして話す表情は、彩乃の記憶にある圭太の面影そのままだ。

「あははっ!本っ当に、変な奴!」
彩乃は感情に任せて、圭太の肩を思い切り叩いた。


「じゃ、先に帰るね」
まるで、また明日と言わんばかりの軽い口調で声を掛け、圭太は歩き出す。

「うん、またね」
あの頃、何度も交わしたやり取り。いつも見ていた背中。きっともう二度と見ることはない後ろ姿を、彩乃は目に焼き付けた。


(1199文字)


秋ピリカグランプリ2024、参加させて頂きます。
よろしくお願い致します。






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