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【小説】Merry Christmas(5/5)

各店舗から通常の何倍もの報告書が送られてくる12月24日夜、外の雨はみぞれ雪に変わり始めている。

「先輩、雪って大根おろしにも見えませんか?」
「忙し過ぎて、とうとう限界を迎えてしまったか」
「いえいえ、荒ぶり大根が僕の中でブームなだけで」
「まぁどちらにしてもホワイトクリスマスだよね」
「その返しの早さが忍者ばりなんですよ」

真理子は既に社内の整理を済ませ、最終日の今日、この本社での業務を終える。そして今夜、街じゅうに灯る幸せな光景を思い浮かべながら、僅かでもクリスマスと縁のある仕事が出来たことを、貴司は誇らしく思った。

「僕も少しは、お役に立てたでしょうか」
「もちろん。サンタさんも助かったんじゃないかな」
「こっちの出社は、今日で最後なんですよね」
「そう、聖なる夜に私は召されるのです」
「まだ召されないで下さい」

最後の帰り道、はじめはすぐに見失いそうだった真理子の背中にも、貴司はいつしか付いていけるようになっていたことに気が付いた。最寄り駅の改札を、いつもの順に通り抜ける。これからも業務連絡は取り合うので決して今生の別れではないが、一年で最も気忙しい雑踏の雰囲気が、余計に胸を締め付ける。

「先輩、今まで、本当にお世話になりました」
「なんか、急に大人になったような感じがするね」
「今後とも、変わらずご指導下さい」
「うん。では鈴谷くん、メリークリスマス」
「先輩もお元気で、メリークリスマス」

言葉を交わした後に貴司が振り返ると、6番線ホームへ向かったはずの真理子の背中は、すでに見えなかった。


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